Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

私はこれでキャバクラをやめました

 小向美奈子のクリアファイルにためたキャバクラ嬢の名刺をひと月かふた月ごとに処理している。でも今日で「処理」は最後だ。僕は、キャバクラを、やめた。


 アフターってあるじゃん。


 お気に入りのキャバ嬢を店が終わったあと、美味しい焼肉屋があるよ、C調に誘い、飲み食い歌い、やれやれ電車がないタクシーもこない、どうしようか、やれやれ弱った、やや、あそこにたまたま宿泊価格が大きく表示されて明朗会計で入り口が陰になって出入りが人目につきにくい宿泊施設が、ささ、風邪をひいてはいけない、なんて、ひと気のない、暗い場所へと誘うハラショーなワザ。


 僕は、この十年間、高級な車が手にはいるくらいの金額をつぎ込んだけれど、とうとうアフターの夢叶わず、おかげで、こないだの日曜の夕方はひとりで『アバター』、今だって、洗濯物でいっぱいになったカゴの横で乾かずに湿ったままのシャツを着て、レベッカの「ムーン」を聴きながら、ひとり、名刺を破いてる始末。センパーイ。あ。幽霊の声。


 秋にひとりのキャバ嬢からアフター、誘われたんだ、兄弟よ。名前は言えない。優ちゃんだ。ボン、ボン、ボン。心臓が鳴る音が聞えた。初めての経験なので、緊張してしまって、深夜の焼肉屋、がぶがぶ酒を飲んでしまい、泥酔し、気がつくと部屋にいた。目覚めたとき、僕の傍らには優ちゃんのボインが、ってことはなく、歯軋りして、朝、歯磨きしながら、泣いた。


 優ちゃんは僕をアフターに誘っただけあって、最近ちょっといない、性格のいい、人を見る目がある女の子で、僕の給料日が毎月25日だと知ると、その前後に必ず、寂しい、会いたい、メールをくれた。お店にいくと、仕事で忙しい僕のために25日前後以外はメールするのを控えてるといい、笑った。気ぃつかわせてワリーワリーと僕は言い、フルーツ盛りと焼きそばを注文した。オーダーお願いしまーす。フルーツ盛り壱万円。具なし焼きそば三千円。ワリーワリー。トイレから戻るとおしぼりをくれた。ワリーワリー。女の子にもドリンクいいですかあ。いいよいいよワリーからいいよ。オーダーお願いしまーす。カンパーイ。魂の交流。楽しい夜だった。


 ベテランらしい落ち着いたゲーム運び。スポーツ中継、解説者のこれいっておけば格好つく言い回し。すると、ベテランのどこが凄いのか検証することなく、ほぅ、とアナウンサーも同調し、阿呆のように「さすがベテラン」「やるねベテラン」連呼が始まる。12月25日、ミニスカ・サンタデー。ベテランのオーラをまとったキャバクラ嬢だけのお店は、僕に、ベテランらしい落ち着いたゲーム運び実況中継を連想させた。女の子にぃぃぃォドォゥリィィンクゥゥういいですくゥワー、ベテランが絶叫するのを遮って、僕は訊いた。優ちゃんはどうしたの?


 優ちゃんは調子が悪くて休んでいた。12月にはいってからずっと休んでいた。僕は下心丸出しでメールを送った。「だいじょうぶ〜?」軽い気持ちのメールだった。すぐに返信があった。


 「苦しみから逃げても死んだら終わりじゃないからね。自分の尊い命を無駄にしたら、悪業つんで人間に生まれてこれないんだよ。せっかく人間に生まれてきたなら、人のために生きればいいじゃん。ご本尊様は絶対に守ってくれる。毎日感謝して楽しく暮らしているよ。正しい法に背くから生命力が弱まってくるんだよ。あたしと一緒にお寺にいこうよ。同伴のときに為になる本持って行くから、それ読んでからでもいいからお寺いこうよ。お願いお寺にいこうよ。同じように悩んでいる仲間がたくさんいるから…」何を…優ちゃん!君が何を言っているのか分かんないよ!優ちゃん…。


 僕はこのメールでキャバクラにいくのを辞めた。それから。25日前後だけだった優ちゃんのメールが毎晩くるようになった。<お店来ないのね><会いたい><寂しいな><お店がダメなら、お寺に来ない?><時間はかからないから話をきいて><仲間がたくさんいるよ> 会社の名刺を渡してしまったのを、今は後悔している。