この講義録は平成23年3月17日フミコフミオ氏が夢のなかでおこなった講義をまとめたものです。テーマは「性器」。氏はここで現代を象徴する病、誰にでも起こりうる事象を通じて2010年代を生きる現代人というものを見つめなおそうと試みています…。
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フミコ ジュリアナトーキョー! ようこそハクネツキョウシツへ(一同拍手) ありがとう。今日から120コマの講義で「セイキ」について考えていく。まずこの話からはじめよう。一組の夫婦がいる。新婚だ。夫は…そうだな真面目な教師、妻は専業主婦とでもしておこうか、ダンチヅマって日本語にはエロティックな意味があるって本当かい?(一同笑)。夫はインポテンツを患っているのを妻に隠して結婚した。妻は夫の病を知らない。夫がうまく(一同笑)隠してバイアグラを処方していたからだ。夫は悩む。病そのものと秘密をもっていることに。
男子学生 インポテンツが治る(一同笑)
フミコ すばらしい。希望に満ち溢れた言葉だ。ひとつ難点を挙げるとすれば、私があげた哲学的な問いを台無しにしていることだ(一同笑)。ここでは夫のインポテンツは治らないと仮定しよう。夫はインポテンツであることを隠蔽することもできるし、妻に打ち明けることもできる。ここで最初の質問だ。正しい行ないはどちらだ。多数決をとってみよう。イン蔽継続の人は?少ないね。それではカミングアウトに参加する人は?こちらは多いね。オーケー。少数派の意見は無視して(一同笑)多数派の意見を聞いてみよう。その理由は?
女子学生 夫が病を隠して結婚したのは正しくないからです。
フミコ 隠蔽は良くない。いい理由だ。他には?
男子学生 夫は妻に隠し事をしていますが、病をカミングアウトしても両者の関係が壊れるとはかぎりません。
フミコ なるほど、カミングアウトによって夫、妻、双方が幸福になれるという意見か。結果によって判断する。功利主義的な考え方だ。なるほど。それでは、最初の問いに仮定を加えてみよう。
もし夫が隠蔽に対して良心の呵責を感じない政治家であったら?人間は「もしドラ」を読んでインスタントに真摯に生きるような者ばかりではない。バレなきゃいいと考える人だっているはずだ。もし夫がそういう人物だったら?夫は悩まず、妻は気付かず、夫婦生活は円満にいくんじゃないのか。昼も夜も。ついでに製薬会社もハッピーだ(一同笑)。さあ、これでもカミングアウトするべきか?功利主義の観点から?(挙手の数を見て)大分減ったね。さあ、これでもカミングアウトすべきか?意見のある人。
男子学生 インポテンツは恥を知れ。責任をとるべきである。
フミコ 君、名前は?
男子学生 イエス
フミコ 君がネットのスターか。つまりイエスはインポテンツそのものが正しくないからカミングアウトして責任をとれという意見だね。定言的道徳原理だ。
イエス インポテンツは腹を切って死ぬべきである。
フミコ …勇敢な意見だ。他には?
男子学生 これはやっぱり天罰だと思う。
フミコ インポテンツが天罰だって?君、名前は?
男子学生 シンタロウ。
フミコ シンタロウ。君はインポテンツが天罰だというんだね。つまりなにかの罪に対して罰を受けなければいけない。
シンタロウ はい。それにインポテンツというのはペニスで障子も破けないので仕方なく成人向けの漫画…つまり有害図書を障子に書いて秩序を乱すような害悪人間です…そのうえ後世に子孫を残せないわけですから、進化の過程において捨てられていく人たちだと思います。少なくとも東京都では。ダーウインの進化論も自然淘汰されるものだとしているはずです。そのような人たちが隠れていることは正しくありません。トーキョーでは。
フミコ 君はヒトラーの尻尾か?(一同笑) さてインポテンツをカミングアウトする側の意見はこれくらいかな?今度は隠蔽サイドの意見を聞いてみよう。
女子学生 夫婦間に秘密があっても構わないと思います。別に。
フミコ 名前は?
女子学生 エリカ。
フミコ エリカ、君は旦那さんがインポを隠していても構わない?
エリカ 別に。使うときに問題がなければ…それに一緒に住まなくてもいいと思う。
フミコ なるほど。エリカは使うときに問題がなければ(一同笑)インポ隠蔽していても構わないという立場だ。さて、ここで今まで出た意見をまとめよう。インポテンツをカミングアウトサイドの意見は次のようにわかれた。つまり隠蔽行為自身が正しくないのでカミングアウトが正しいとするもの。カミングアウトによって関係者が最大限の幸福を享受できるとする帰結主義的な立場からカミングアウトを正しいとするもの。インポテンツそのものが正しくないとするもの。インポテンツは自然淘汰されるべきでありそれを隠蔽するのは正しくないとするもの。対して隠蔽容認派は使うときに問題がなければという前提条件ありでインポ隠蔽を支持する意見が出ていたね。
それではここで関係者が最大限の幸福を享受することを重視する帰結主義的立場をとる人に質問しよう。この夫婦の話は夫と妻の二者関係に見えるが、果たしてそうだろうか?はい、君。
女子学生 いいえ。バイアグラの存在があります。
フミコ そうだ。バイアグラとバイアグラを製造する製薬会社とその関係者、ここではシンプルにバイアグラ・ファミリーとしようか。別にバイアグラと明るい家族計画をかけているわけではないよ。夫、妻、そしてバイアグラ・ファミリーをいれた三者関係とした場合、本当に帰結から正しいといえるだろうか。インポテンツをカミングアウトすれば最悪、夫婦関係が終わってしまうかもしれない。するとバイアグラの行き場はなくなる。バイアグラ・ファミリーは路頭に迷う。結果から判断する帰結主義をとるのならばインポをカミングアウトできないのでないか?一方、インポテンツそのもの、隠蔽そのものを定言的に正しくないとするなら、さきほどのエリカのような女性が同意を与えた場合はどうなるか我々は考えなければいけない。「どーせインポなんでしょ」というインポテンツに対する同意。「あなた何か隠しているけれど追及しないであげる」という隠蔽に対する同意だ。さあ、定言的無条件に隠蔽、インポテンツを正しくないとした人、さあ君。
女子学生 同意があれば、いいと思います。
フミコ なぜ同意があれば正しいということになるのか。同意の働きについて我々は考えていかなければならない。さあ、設問は別にしてインポテンツについてどういう印象を持っている。率直な意見を教えてくれ。君!
女子学生 気の毒な病気だと思います。
フミコ 気の毒ねえ(一同笑)。君は?
男子学生 自分がなったらと想像すると恐ろしいです。
フミコ なるほど。皆、インポテンツにはセンチメンタルになるようだ(一同笑)。ところが私たちの社会はインポテンツに対して正しい行為をしているといえるだろうか。君!
女子学生 理解しようと努力していると思います。
フミコ 君、恋人がインポテンツだったらどうする?別れる?それとも治療をすすめる?
女子学生 恋人なんていないから…。
フミコ 恋人じゃなくてもセックスフレンドでも構わないよ。今はセフレっていうのかな。セフレって駅ビルみたいな名前だね。
女子学生 失礼です(激昂して退場)。
フミコ 彼女はメンスだったみたいだ(一同笑)。今の意見を総合すると皆インポテンツに対して同情しているようにみえるね。じゃあどうしてインポテンツの治療は保険適用外なのだろうか。我々の社会はインポテンツに対して正しい行為をしているといえるだろうか。なぜ我々の社会はインポテンツ患者に対してインベーダーのような扱いをしているのだろうか。なぜキャバクラ嬢はインポなんだよねーと言うとキャハハハと笑ってくれるのにアフターを断るのだろうか、キャバクラ嬢仲間に「あの人インポだよ」などといいうチェーンメールまがいのものを回すのだろうか。暗黙のうちに我々はインポテンツの冷遇に同意しているのではないだろうか。それは正しいといえるだろうか。次の講義ではその問題について議論していきたいと思う(拍手)。
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アライテル氏(id:tell-a-lie)による解説
この講義は前衛芸術と言ってもいいほど素晴らしいですね。フミコ先生はまさに平成の村西とおる監督との対談のような猥談をしています。今回の夫婦間の秘密は非常に印象的ですが、これはインポテンツに対する考え方を問うています。フミコ先生は自らインポテンツを患っている視点から、我々の社会がインポテンツに対して暖かい考えをもっているという意見には懐疑的ですね。