Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

昨日、上司にキレた。

 わりとクソな会社で働いているなかで、唯一やりがいのある仕事だと感じている仕事、胸を張れる仕事がお年寄りや障害をもつ方に食事を提供するビジネスで、あまり利益をもたらすビジネスではないせいか、忌々しい部長は、「あんな陰気な商売」「たいして儲からない」と、ことあるごとに文句をいっているのだけど、昨日、営業で同行した、とある施設で、お年寄り向けに食べやすく加工調理した食品を施設側の人に試食してもらう際に「こんなゲロみたいなもの、俺は食べられない」と言い放ったのには、本気で頭にきた。

 それほど大きな声ではなかったが狭い部屋で試食していたのでその場に居合わせた人の耳には届いたはずだ。相手の人も、聞こえないふりをしてくれたけれど、明らかに、一瞬目を見開いていた。部長は問題のある人間だとは思っていたけれど、それは幼稚っぽさからくるもので根っこの部分は腐っていない人間だと僕はどこかで信じていたので、今回の裏切られ感はひどい。子供のころ、週刊で欠かさず読んでいたハイスクール奇面組が夢オチで終わったとき、子供心に裏切られたと思ったけれどこれはそれよりも数万倍ひどい。


 誰だって普通の形態の食事を食べたいと思っていて、ただ、高齢や障害などで身体機能が低下してしまってそれが叶わないから、刻んだり、ソフト加工やムース形態、ゼリー状にして食べやすくしたものを食べている。そして「いただきます」「ごちそうさま」と言ってくれる。言葉が不自由な人も、目の表情などで何かを伝えようとしてくれる。開発する側提供する側も、食べる人たちのことを考えて食べやすく加工しながらも、なるべく元の食感を残そうとしたり、魚や野菜のかたちをした型にいれて、少しでも、気分だけでもって思いながらつくっている。「いただきます」を聞くたびにまだまだ、もっと、もっとって思いながら。手間もコストもかけて。


 確かに、ひと昔前のものに比べればかなり美味しいものにはなってきてはいるけれど、まだまだ通常の形態の食品に比べると正直、味は落ちると僕だって思うし、僕のような営業、売る人間よりも実際に開発する、提供する人間はそう思っているはずなんだ。「いただきます」にすこし申し訳ないような気持ちになりながら。そういった努力やらいろいろなものを踏みにじるように、現場の人の前で、ゲロと言ったことが僕にはどうしても許せなかった。言っていいことと悪いことは絶対にある。いつもだったら斜に構えて、馬鹿だなこいつと笑って終わりにしていたけど、今回ばかりは徹底的にやって白黒つけてやらなきゃ駄目だと思った。


 後味の悪さを覚えながら試食プレゼンを終えて部長のいうゲロみたいな食材を積んだワゴン車に戻った。車に戻るなり部長は「荷物が多すぎて、畜生、クーラーがきかねえなあ」 と言った。返事はしなかった。殴らなきゃいけない相手がいて、殴れる距離にいるのが自分だけで、殴る体力と気力があるならやるしかないだろう?上下関係なんてクソくらえだそんなもの。僕は僕のルールに従って生きてきたしこれからも変わらない。「部長、さっきゲロって…」「いつも言ってるじゃねえかゲロみたいだと」「あれを食べる人の気持ちになったこ…」「うるせえな、文句あるのか」「いえ、ではこの車に積んである荷物をここの施設においてきても差し支えないですよね、ゲロなんですから」「あれで商売するほど俺は落ちぶれていない。お前も一応課長だろう?ゲロの処分くらいお前に任せる」


 台車で往復して車に積んであった製品をすべて施設に渡した。こんなことくらいしか出来なくてなさけなかった。助手席で煙草を吸っていた部長いつのまにかシートに沈むように居眠りをしていた。「本当にただでいいんですか?こんなに?」「いいんです。上の了解はとってありますので自由に使ってください」いまのウチの会社にはこれで商売する権利はない。


 受領書にハンコをもらって車に向かう途中、レクリエーションだろうか、建物のどこかからお年寄りたちの歌が聞こえた。なんの歌はわからなかった。でもその歌は僕が忘れていたものを思い出す力をもっていた。会社はクソだけど、僕は、今の仕事が好きなんだ。


 「荷物がなくなったおかげでクーラーが効くようになったぞ」部長は言った。「そうですか」「あのゲロみたいなものでも商品だ商売だ、タダで置いてきて貴様どうするつもりだ?」「置いてきていい、任せるって言ったじゃないですか!」 「あ〜ん、俺が言ったって証拠がどこにある?ああ?」こいつ…、僕は無視して車を走らせた。


 僕は課長だ。代金くらい課の経費で落としたっていいし、損失をカバーする新しい仕事を取ればいい、なんとでもなる。でも、だけど、ゲロと言った部長だけは許せない。今度は徹底的に闘ってやる。車のフロントガラスに激しい夕立の雨粒が次々とぶつかり砕けていった。目の前の暗い陰のようなアスファルトを車は吸い込んでいった。


 今、僕は、部長がこの事業にかかわることによって会社が被るであろう不利益と損失、そして部長が事業の理念に著しく反する人物であることを意見書にまとめた。この昼休みの終わりに、社長室の扉を叩く。あの施設に胸をはって営業に行けるようになるために。やってやる。ゲロゲロいう部長が本当のゲロを吐くまで徹底的に。夢オチのような甘い結末は奴には似合わない。