Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

昨日、上司にキレた。〈顛末篇〉

 前回(http://d.hatena.ne.jp/Delete_All/20100727#1280201283)のつづき。お年寄りや障害のある方向けの食事サービスは僕の会社の事業のひとつで、僕はこの仕事にやりがいを感じている。先日、ある高齢者施設で試食をおこなった際に、食べやすく加工した食品をみてウチの部長がゲロみたいで食べられないと言い放ったことに頭にきて、そんなにゲロゲロ言うなら本物のゲロ吐くまで追い詰めてやると僕は社長に上申したのだ。もう少し裏工作をするなど手はあったかもしれないけれど、性にあわないし、なにより社内で明るみにしたかったのだ。

 聴聞会は三日、三回に分けておこなわれた。メンツは社長以下部長クラスと僕。一回目は僕があげた上申書の内容確認に終始した。僕の論旨は、福祉施設向けの食事サービスを営業する人間、監督する人間として部長は著しく適性を欠く人物である。現在、この事業は順調に数字を伸ばしており、適性を欠く人物を罷免しないことで将来、社が被る損害は無視できない。事実、ある現場(前回の日記のこと)で部長の問題のある言動で、顧客及び取引先の信頼を損ない、現場スタッフの業務に支障がおきた。等など徹底的に非を挙げた。その都度の質問に僕は答えた。部長は、最後に「この書面の内容はすべて嘘であり、私をおとしめようとしている」と言った。苦し紛れ。おとしめる価値が自分にあると思っているのだからおめでたい。


 社長は黙って話を聞いていた。周りの連中は社長の顔をうかがうようにして沈黙していた。部長の非を徹底的に明るみにし正論をあてて反論させないというのが戦略だった。部長は得意先の親族なので容赦すれば逃げられる。苦し紛れが出るなど一回目は作戦が奏功した。キーマンは社長ただひとり。他はおまけ。気まぐれ、能面といわれる社長が何を考えている人か、そのパーソナリティがよくわからないのが不安ではあった。


 二回目の途中までは僕の戦略がうまくいき、部長を追い詰めたと思ったとき、風向きが変わった。社長のひとことで。「部長の非は問わない」。一転して吊るし上げの対象になった。いままで静かにしていた側近たちが一斉に糾弾しはじめた。「なんだその態度は」「声をあげろ」「聞こえないぞ」「汗をふくな」。からっぽの内容の雑言なので適当にあしらっていたが言われ続けるうちに僕はじりじりと消耗していった。こんな、社長にあわせて首を振り罵声を浴びせるクソの腸詰め共にやられるなんて。


 部長がやり返してきた。「この事業の礎を築いてきた者として言わせてもらう」応酬した。「前任者から引き継いだだけでしょう。現にあなたは顧客の名前も満足に覚えていないではないですか」「こいつがいう先日の試食会での失敗、我社の商品を客先で〈ゲロ〉といい信頼を損ねた件、〈ゲロ〉と言ったのは私ではなくこいつだ」「なにを言っているんだ、あなただろ」「証拠はあるのか?今からあの施設に赴いてゲロって言ったかどうかお客さんに確認とるか?あの施設でまたゲロゲロ言えるか?俺には出来ねえなあ。こいつが問題の張本人だという証拠がある」「これ以上嘘はやめたほうがいいのではないのですか?」「当日、商品を無断で無償提供したな」「無断ではありません」「課長は自分で起こした問題をモノで隠滅している。それが何よりの証拠。私の預かり知らないところで。しかも我社のモノをタダで!なあどうだ?我社の商品を渡したのは俺か?お前か?」「私です…」「あぁん、聞こえねえな。どうなんだ」「私です」「ゲロはお前だ」。二回目が終わった。社長様はヒトコト述べたあとは無言だった。興味ないように見えた。僕はあの日殴って終わりにしておけばよかったかもしれないと、このとき、思いはじめていた。


 三回目。部長の非は問わないという絶対条件が出てしまった以上、もう茶番だった。聴聞会がひらかれ、問題が明るみになった以上、何らかの処分は下さなければいけない空気が蔓延していた。もちろん僕への処分。あとは処分の内容と程度の調整。会社というクソは拳を振り上げたらおとす。誰かに。部長は最後に言った。「お前の考えはわかっている。俺を失脚させて俺の地位を手にいれようとしているんだろ?金だろ?それが給料をあげる最短ルートだからな!それになあ、課長がアツくなっているこの事業、なくなるんだよ。金にならねえから」金。金。金。あまりにも自分の意図からズレていて、ボディーブローのように効きはじめた雑言のなかで、言い返す気力が失われてしまっていた。


 社長が結論を出した。件の施設での事件の真偽は水掛け論になるので中止。そして、この福祉施設向け食品事業は予算通りに数字をあげているが他の事業に比べるとまだまだ売上、利益率共に低く他の事業に寄り掛かっている状況だと前置きしてから「もっと稼げ。この事業で一本立ち出来るように。さもなくば撤退だ。金だ。仕事を守るのは金だ。金」。撤退。なくなるのかこの仕事。


 そうか、社長には金しかない。金。金。金。事業の意義とか理念には無関心なのだ。部長をかばうのも金。金にならない人間は無価値、無関心なのだ。「部長、君にはこの事業から手をひいてもらう。こんな金にならない仕事、君がやるまでもない。課長にやらせればいい」と社長は締めたあとで、あの施設の理事から礼状が届いたことを明かした。それから社長は「命拾いしたな。この事業に金以上の価値があると言ったな?それなら俺にみせてみろ。金を稼いだうえで」と言った。こうして聴聞会は終わった。


 僕は自分が救っていると思って動いていたが、知らないあいだに救われていたのだ。あのお年寄りや障害のある人たちに。会社はクソみたいな奴ばかりだけど、やっぱり、僕は、今の仕事が好きだ。


 始末書(反省文)を出すと処分がくだった。〈課長手当三ヶ月支給停止〉。部長はお咎めなしだった。同時にトップダウンで業務分担の変更がおこなわれた。件の事業の営業活動は営業部全体でおこなってきたが今後は営業二課のみが担当することになった。ノルマ数値の変更はなし。二課、僕ひとりだけどな。


 ゲロを吐くほどまで部長をやっつけるという目標は達成できなかった。けれども事業は守れたし部長を外すことは出来た。これからはいい方向に向かっていくだろう。行動してよかった。ノルマは正直、ひとりでやるには厳しいものになってしまったけれど上司にいってやった僕だ、やってやれないことはない。


 社長はよくわからない、あれだけ僕が糾弾しても部長を守るとは、予想をこえていた。社長…、もしかすると僕を守ってくれたのかもしれないが、ただ無関心なのかもしれない。だって僕の課長手当年間一万八千円。三ヶ月支給停止されても痛くも痒くもないもの。


 それにしても部長、あんな奴が会社で生き抜いているなんて許せないな。まあそれは後回し、今はこの事業を独り立ちさせること、力をつけることが先決だ。そのとき。それがいつになるかわからないがそのときはまた正面から「否」を叩きつけてやろう。奴には「否」すら生ぬるいが。