Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

私の異常なお見合い・回天篇 または私は如何にしてお見合い相手と温泉旅行に行き、そのスッピンをネットに公開するに至ったか


 鎌倉駅前の居酒屋で、「わたしはロックンロールを愛している」と英国言語で胸に書かれたTシャツを着たシノさんに、僕は、生ビールを飲みながら会社や身体の不調について愚痴っていた。シノさんは僕のお見合い相手で、趣味はコスプレと戦国時代、バストは推定Cカップの26歳秘書課勤務のお嬢さん。「発起して会社で立ち上がれば叩かれる。勃起させようと甲斐性で叩いてもピクリとも…もうだめ…あ、中ジョッキ追加」夏バテして痩せてしまったシノさんの胸のロックンロールが萎んでいるようで、なんだか僕をもの哀しい気持ちにさせた。黙って話を聞いていたシノさんが担いできた楽器ケースからノートパソコンを取り出しカタカタやりだした。「あの〜何をなさってるんでしょうか?」「フミコ君がもう、会社に行かなくていいようにする」「シノさん何をする気ですか?」「断腸の思いで槍を売って君の…当面の…一年分の生活費を捻出します。ヤフオクですう〜」「やめなさいシノさん!」僕の年収、コスプレ用の槍三本と等価交換できると思われているのか…中ジョッキ追加。「いたしかたなしですう〜」「やめなさい」「ううう」「槍を大事にしろ」「うぅ…やはり槍は売れないですう」というやり取りの果てにストレス発散のために、お盆休み、二人で伊豆の、とある温泉に行くことになったのでございます。


 《当日現地集合》と聞いたときにどうもおかしいと思ったんだ。シノさんは東京ビックサイトで開催されるイベントにコスプレイヤー・ノッピー☆として参加するため翌日駆け付けてくる、そうだ。らしい。だって。はは、そ〜かそ〜かってアホか。賑やかな家族連れ、熱いカップルで溢れかえる夏の温泉街にアラフォーのオッサンがひとりでいるのはどんな罰ゲームよりも酷い。時間をつぶすようにして観光スポットを缶ビール片手にまわり、早々に旅館近くの料理屋にしけこみ、とりあえず中ジョッキがぶがぶ。右手には最後のバイアグラ、左手には電柱から剥がしてきたデリヘル《美女倶楽部》のビラ。中ジョッキ板わさ冷奴枝豆中ジョッキ中ジョッキ中ジョッキ。テンションがあがってきたのでさあ美女倶楽部に電話しよう、デリバリーヘルス、健康を配達するってなんだろう?ボクワカラナイヨ。ホワッツデリバリーヘルス?出るとこに出たっていいが、これは好奇心、探究心なんだ、あっはっは。ってほくそ笑んでいるとケータイに着信、シノさん。


「伊豆はどうですう?」「いや〜リラックスできたよ。滝を眺めながらビールを飲んだりね、知らないオッサンと猪鍋を食べたりしてね、優雅にね、過ごしてね、今、美女倶楽部に頼んで健康をね、デリバリーしてもらおうと思ってたとこですよシノさん」 中ジョッキ追加。「凄い…わたしは旅館を予約しただけなのに…」「凄い?えーとどこが凄いのか検討がつかないのですが」「だってそのライフスタイル…猪狩り、現地でホモ部下を調達…、温泉療養…、源頼朝公が伊豆国に流されたときとそっくり…」狩猟もホモもやってないのだが…中ジョッキ追加。「えーと、そろそろデリバリー健康に電話したいので切っていいっすか?インポ治療しないと…」「ビジョクラブって何なんですか?」「やだなあ…ビジョクラブっつうのは毘沙門天の『毘』に助けるの『助』と書いて《毘助倶楽部》って言うんですよ。毘沙門天を崇める人々のあいだの互助会ですよ」「さすがオヤカタサマ…休日でも毘沙門天…軍神…」軍神よりもチンチンになりたいよ…中ジョッキ追加。「あの…そろそろ互助会に電話を入れないと…ああそうだそうだ今日のイベントどうでしたノッピー☆」「聞いてください!オヤカタサマー!」スイッチが入ってしまったシノさん改めノッピーの東京ビックサイト開催イベント話は延々と続き、疲れ切った僕はデリヘルを断念せざるをえなかったのでございます。


 翌朝、車で飛んできたシノさんと海鮮料理を食べ海を眺めた。昼を過ぎたばかりだった。海の見える高台でシノさんが苦しげな顔で切り出した。「フミコ君…わたしはもう帰らないと…渋滞がひどくなる前に…」「なにシンデレラみたいなこと言ってるの?シノさんまだこっち来て一時間しか経ってないよ?」「でも…わたしは…君はゆっくりしていって…」そう言い残すとシノさんは車で去って行った。僕はひとりで海を眺めながら缶ビールを飲みつづけた。太陽が沈み、落ちてきた闇に飲み込まれるように人は消えていった。。バイアグラは使わず仕舞いだった。デリヘルに電話をしようと思ったが、ビラは手品のようになくなっていた。結局、こういうやり切れなさの確認の連続が人生なのだろう。シノさんからメールがきた。「『戦国BASARA弐』堪能しました!今回は云々…」どうやら彼女はアニメをみたかっただけのようだ。やれやれだ。


「シノさん写真撮ってあげるよ」
「コス以外で撮られるの初めてですう〜」
コスプレ時とスッピン時では別人のように顔がちがうらしい…。