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Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

夜の接待してきた。

 今だから告白するが、あのとき、僕は己の巨神兵が既に朽ち果てている現実に安堵しながらも、心のどこかで彼の神兵が甦り、猛々しく咆哮することを祈っていた。さながらニンジャのように感情と気配を消し、その祈りを、あの忌々しい山陰の巫女「きゃりー」に悟られないようにして。

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 一週間ほど山陰地方に出張していた。神の国、山陰。その地で仕事を通じて知り合ったトトロ似とがぶがぶ酒を飲み、アッパーになったところで、座った目をしたトトロから「女の子のいる店に行こう」と提案された。飲み屋ではなかった。仕事ではなく割り勘だよ。これはプライベートだよ。トトロは言う。仕事でないなら…EDだし…、断ろうとする僕の顔色を読んだトトロは「これは仕事ではないけど、仕事なんだよ、課長。いいの?仕事がどうなっても」と破綻しているが説得力だけはあるロジックで僕を陥落させた。

 

 トトロに招かれるまま暖簾街から温泉街へタクシーで移動。艶やかなネオン。乱立する卑猥な看板。なぜ旅館と旅館のあいだにラブホテルがあるのだろうか。大人のおもちゃとは鉄道模型のことだろうか。様々なクエスチョンに頭を抱える僕を尻目に、店を即決したトトロは店内に突進。中ジョッキから口を離してからここまで、彼は、アニメのトトロを忠実に再現しているかのように台詞らしい台詞を一切吐いていない。

 

 色情魔の妄想のような桃色基調の狭い店内。右手の壁一面に没個性的で識別出来ないギャルたちの写真が貼られている。廊下を挟んで左手には粗末なカウンターがあってカーテンがかけられていた。そのカーテンがシャッと開くと、そこにはおばはんが座っていた。おばはんはキース・リチャーズのような髪型をしていた。おばはんは、トトロに「ラッキーねえ。ちょうどナンバーワンの子が空いているわよ」と顔を輝かせて言うや否や、トトロをサティスファクションさせて交渉成立。彼は僕を振り返ることなく暗闇に消えた。

 

 次におばはんは、火葬場の職員のような顔をして「今ちょうど、いい女の子がいなくて…」とネガティブな言い訳をつらつらとはじめると思いきや、突如、あっ!あーっ!と声をあげた。それから「ちょうどいい子がいたわぁ!」と声のトーンを変えると「すごーく【遊び感覚】がわかってる女の子がいたわぁ。三十才だけど。お客さんいくつ?」「四十」「ちょうどいいじゃない。【遊び感覚】で遊ぶにはじゅーぶんよぉぉ。すごく【遊び感覚】がわかってる子だからー」こうして【遊び感覚】がいかなるものか見当がつかないまま話はまとまっていた。

 

 暗闇を抜け、またも全体的に桃色基調の小部屋に通された。左右の壁がベニヤ一枚。粗末な寝台と子猫のようにただずむティッシュ箱とリステリン。床に置かれたプラスチック製のバケツ。耳をすませば、となりのトトロの声がきこえた。悲しかった。

 

【遊び感覚】がわかってるアラサー女がやってきた。その名はきゃりー。ドンキで売られているような安っちいセーラー服(青)を着た彼女の容姿は僕をひどく落胆させた。三十ということだが、よく見ても五十、悪くみれば五十、つまりどこに出しても立派な五十才であったからだ。四半世紀前の美女を想わせる名残と、時の流れを止めようとして厚く塗りたくった化粧に僕は悲しくなるばかりだった。

 

 こんなきゃりーと、ぱみゅぱみゅはできない。もげる。絶対に。千パーセント。僕は正直に意志を伝えた。「僕はED。つまり不能だから貴女とはできない。もちろん金は払う」。強い意志と出来るかぎりの優しさ。きゃりーはただ、突き刺すような強い眼差しで僕を見つめていた。静まり返った部屋にとなりのトトロの、ぉおぅう!という巨神兵のような呻き声だけが響いていた。そこにはピンクに染められた不能とプロのプライドだけが激突せずにただ充満していた。

 

 だが僕は気づいてしまう。となりのトトロの声が漏れ聞こえるのなら、こちらの声も聞こえているというきっつーい現実に。もしかしたら壁にかけられているあの鏡はマジックミラーでトトロはあそこからまん丸な目で僕を観察しビジネスの相手として査定しているのかもしれない。これは仕事なんだ。逃げちゃダメだ。僕はきゃりーに頼んだ。行為してるふりをしてほしいと。あなたなら出来るはずだ、とプライドをくすぐることも忘れない。

 

 きゃりーに導かれるまま、僕は寝台に横たわり、慎重な手つきでズボンとパンツの間に指を差し入れ、ズボンだけをヒザまでおろした。推定五十才のきゃりーの、化粧の浮いた顔からは一切の感情は喪われていてまるで石仮面。きゃりーがセーラー服を脱ごうとするのを僕は首が千切れんばかりに振って思い留まらせた。まな板の上の鯉な気持ちがよくわかった。きゃりーは僕の足の間に正座して、僕の股に手を置いた。耳をすませばとなりのトトロの、巨神兵の咆哮が…聞こえなかった。炎の7日間にしては短すぎる。

 

 きゃりーは僕の股に置いた手をゆっくりと前後にスライドさせた。僕は一生忘れないだろう。スライドに合わせてきゃりーの口から飛び出してきた「フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ」というリズミカルな歌を。フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ。これが【遊び感覚】の正体。きゃりーなりの処世術。

 

 演出なのだろうか、術を施す相手の高ぶりに足並みを合わせるように次第に音階があがっていくのが辛かった。なぜなら僕は全く高ぶっていなかったから。ありがとうED。僕は己の不能にはじめて感謝していた。こんなフゥワッ、フゥワッ、フゥワッで僕の巨神兵が復活したらご先祖様に合わせる顔がない。けれどもここは神の国。巨神兵も神だ。巫女たるきゃりーの歌で奇跡が起こり、巨神兵が復活する危険性はゼロではない。この危険極まりない儀式を早く終わらせなければ。僕はきゃりーのフゥワッ、フゥワッ、フゥワッにシンクロするようにアップ、アップ、アップと口ずさんだ。

 

 尊厳を守るための戦いだ。悲しいライムだ。高まるきゃりーのフゥワッフゥワッになぜか主従逆転で追従する僕のアップアップアップ。「フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ」「アップ、アップ、アップ、アップ」「フゥワッ、フゥワッ、フゥワッ、フー!ワーー!」突然絶頂に達したきゃりーに合わせて僕も「アアアッパーッ!」と棒読みで叫んだ。こうして僕の純潔と仕事は守られた。その後店から出てトトロと別れ宿に帰り長淵剛が若者にアドバイスを送るテレビ番組を見てから眠った。

 

 翌朝、目を覚ました僕はベッドの上空1メートルにうつ伏せの姿勢で浮かんでいた。浮遊感はなく透明な板の上に乗っているような感覚。眼下に眠っている僕がいた。酷いイビキ。ここは神の国。何が起こっても不思議ではない。巨神兵も神だ。眠っている僕の身体の中央で、僕の巨神兵は虚空に向け咆哮するがごとく立ちあがっていた。再びベッドの上で目覚めると巨神兵は僕から立ち去っていた。幻だったのかもしれない。でもそれでいい。忌々しい歌でなければ蘇らない巨チン兵など蘇らないほうがずっといいのだ。

 

■「かみぷろ」さんでエッセイ連載中。「人間だもの。」

http://kamipro.com/blog/?cat=98