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Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

離婚の原因は僕だってさ。

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 離婚の原因は僕にあるらしい。おかしい。確かに僕はEDのくせに毎晩酒を飲んでばかりの外道。だがそれが離婚の原因になるとは到底思えない。なぜならこの離婚は僕自身のものではないから。離婚するのは僕より年長の部下である。この文章は、他人の離婚という極めてプライベートかつデリケートな問題ということもあり、オブラートに包んだような記述になるが最後までお付き合いいただけたらオブリガードなのである。
 

 週末、居酒屋。当該同僚がいきなり「離婚することになった」と切り出してきた。彼は、三人の子供の親権は手放すことになった、マンションも車も…と付け加えると、墓のような、寂しい顔をし、空っぽの胸を生ビールで充たすかのようにダイソン掃除機のような勢いで中ジョッキを空にした。かけるべき言葉が見当たらない。が、訊きたいことは山ほどあるし、他人事だからね、すかさず原因を聞き、返事を促すように中ジョッキを喉に流し込む。中ジョッキ追加!

 

 「アンタのせいだ」と彼は言った。「アンタって誰?」「アンタだよ。何様なんだよ」気まずい沈黙を空になった中ジョッキをテーブルの角に整列させてごまかす、そんな課長様が僕。「僕に様付けるなよ。水臭い」と言いながら僕は思慮している。心外だ。大迷惑だ。なるほど、おそらく僕が毎晩のように酒に誘ったことを彼は差しているのだろう。しかし、断ればいいだけではないか。断れない理由があるのか。この人オトナなのに。僕が年下課長様だからか。そもそも、僕が誘うときには、大体既に酒の先約があったではないか。

 

 「いちばん下の子、まだ1歳だからさ。養育費とか考えるだけで頭痛いよ。全部アンタのせいだ…アンタがウチの家庭を壊したんだ」 続けざまにそういうと彼は中ジョッキを傾ける。対抗するように中ジョッキを傾けながらも、僕は、まもなく家族を失ってしまう彼の親身になり、このペースで飲むのなら大ジョッキに切り替えた方がいいのでは…などと考えていた。中ジョッキ追加!彼がぼろぼろ泣き始めた。可哀想だが迷惑極まりない。これではホモの痴話喧嘩みたいではないか。

 

 彼の金遣いの荒さには気がついていた。財布の中のお金は全部使ってしまうタイプ。そのうえ本人は侠気といっているが、ほとんど狂気にしか思えない飲酒についての変なプライドがあって、誘われた酒は断ろうとしない。月火水木金イコール酒酒酒酒酒。毎月家計が赤字なので昇給させてくれと訴えられたこともあった。通勤定期券を解約し、その金で飲んだことも。他の同僚の出産祝いにと仲間うちで集めた祝い金が酒に変わったこともあった。愛すべきだらしのない男なのである。少し前に奥様から相談を持ちかけられたこともあった。「ウチのは課長と毎晩飲み歩いているのでしょうか?」(引っ越しを手伝った縁で奥様とは面識があった)

 

 中ジョッキを飲み終え、彼に「残念だけど離婚の原因は君自身にあるよ。家庭も子供も顧みずカネを使い酒を飲んでいるのだからね」と言うと、どん、と遮るようにジョッキをテーブルに叩きつけ、彼は大声を出した。「酒は理由じゃないぞ!」その勢いに呆気に取られてゲップが出る。ビールを飲んでるときに出るゲップは、臭い。彼は勢いそのままに「ウチのかみさんと会ったんだって?」と言ってきた。どうやら人目の付かない喫茶店での奥様との密会はバレているらしい。

 

 「カミさんから話は聞いているんだ!」どういう話だ?浪費が原因ではないの?という僕のクエスチョンに彼が気付くはずもなく「アンタにも金を出してもらうからな」などと不条理なことを言う。中ジョッキ追加。僕は正直に人目のつかぬところで奥様と密会したと告げた。相談を持ちかけられたとも。「アンタそのときどういう話をしたんだよ」「毎晩酒飲んでいるのかと訊かれたので君の立場と僕の保身を考えて僕は飲んでないと答えた」「え?何で?」「いや、僕と毎晩飲んでると答えたらヤバいでしょ、雰囲気的に」「いや、いつもアンタと飲んでると言い訳してるから、それはそれで誰と飲んでいるのかということになるから、マズいんだよ」 知るかよ。

 

 つまり、この離婚の主原因について、彼は奥様と僕との不倫を原因と考えており、奥様は奥様で彼と僕との連夜の酒を原因だと考えていた。両者にはギャップがあった。そのギャップこそがそもそも離婚の原因じゃねえの?って共通の要因である僕は図々しくも思った。仕方なく中ジョッキを傾ける。彼は固まっていて傾けない。中ジョッキ追加。がぶがぶ。中ジョッキ追加。がぶがぶ。守る気持ちがないと家族の絆は消えてしまう。そう。ビールの泡のように。

 

 しばらくして、彼は「ウチのかみさんとどういう関係なんだ?」と言ってきた。どうしても僕と奥様を繋げたいらしい。それから彼の奥様と通じてしまった僕が暗躍して今回の離婚をプロデュースしたに違いないという話を聞かされた。完全な妄想である。頭が熱くなるのを中ジョッキで冷却。

 

  噂にはきいていたが離婚とは本当に消耗するらしい。毎晩の酒に耐える強靭な肉体と精神を持つ彼ですら離婚に消耗していることが見て取れた。それと愚かな彼がまだ奥様を愛していることも。無論、僕は奥様と通じてなんかない。だが完全に疑いの目で見ている。見られている。くそ。面白くない。僕がEDだとカミングアウトしてやろうか…。もしかすると、奥様は奥様で、離婚という戦いを優位に進めるためのカードの一枚に僕を組み入れているのかもしれない。このままでは離婚の理由にされる。ハートのエースなんてごめんだ。

 

 僕ははっきりと言わなければならない。所詮は他人の離婚だ。僕が彼らに真実を告げなければならない。彼らにとって想定外の事実を。さもなくば僕の立場が危うい。僕が思うにこの離婚は不可避。ただでさえ消耗するのが離婚。それならばスパッと引導を渡してあげるのが上司心である。彼の誤解と未練を断ち切るのだ。彼のために。何より僕のプライドのために。

 

 僕は言った。「さっきから誤解してるけど、君の奥様との間に何もないよ。だって君の奥様…」「なんだよ?」僕はビールで喉を湿らせてから続けた。「ブスじゃん。はっきり言って。誘われても無理だよ。絶対に無理だよ。ありえないよ。もげるよ」。彼はがくんと音がするように頭を落とし、そのままの姿勢で僕に「あんた、アスペか?」と言った。なんとでも言えばいいさ。僕は何も言わずにビールを喉に流し続けた。愛が終わるところを見るのはいつだって悲しい。

 

※※※

 

・「かみぷろ」さんでエッセイ連載中。
「人間だもの。」
 
・ぐるなびさんの「みんなのごはん」にてエッセイ連載中。
「フミコフミオの夫婦前菜 」