Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

僕の人生にはずっと犬がいる。

僕の人生にはずっと犬がいる。タロウは1985年の冬に我が家の一員になった。兄弟ワンと二匹で段ボール箱に入れられて通学路の脇に捨てられていた。茶白のオスの雑種は、先代犬タロウの名を引き継いで家族になった(灰色のオスは「ムク」と名づけられて、近所のKさんに引き取られた)。タロウはオテ、オカワリ、マテくらいしか出来なかったけれど、手がかからない奴だった。病気や怪我とは無縁。一晩中吠え続けて僕らを睡眠不足にすることもなかった。前足を組むのが子犬の頃からのクセで「偉そうに腕を組んだまま寝ている」とよく笑った。ズルいところもあって、気分が乗らないときは名前を呼ばれても聞こえないふりをした。散歩やご飯は、僕と弟が交代で担当していた。子犬のタロウは僕らが付いていけないくらいのスピードで走った。散歩ではなく競争。ジャンプするのも好きだった。自宅のガレージから1メートルちょっとの高さがあるブロック塀をぴょんと飛び上がってウッドデッキに登った。ウッドデッキの上がタロウの居場所だった。タロウはそこから腕を組んで寝そべって家族を眺めていた。テレビもよく見ていた。僕が高校3年のとき、埋蔵金を探す番組を見た彼はふんふん鼻を鳴らして興奮していた。主人に似てボンクラの素養があったようだ。

散歩中はいつもタロウに話しかけていた。1日の出来事や世の中の不思議や、くだらないニュースについて。彼は人の言葉を理解していなかったけれど、「俺はわかっているぞ」とでも言うように真顔で首をかしげて聞いてくれた。それだけでどれだけ気持ちが楽になっただろう。父親が突然亡くなった前の晩、タロウは父と散歩に出かけていた。しばらくしてから、ふと、父が人生最後の夜にタロウになにか話をしていたんじゃないかと思った。いつもの公園で「なあ、タロウ。親父はここで何か言ってなかったか」とバカみたいに聞いた。タロウは真顔で首をかしげた。それだけでよかった。そうやってタロウはいつも僕ら家族のそばにいてくれた。祖母と父が亡くなり、弟が進学で家を出て、家族の形が変わってもタロウだけは一緒だった。言葉はいらなかった。言葉は、ときに、相手を傷つけたり悩ませたりする。相手を傷つける意図がなく、善意からであっても。優しさに溢れる言葉であっても。例えば父がいなくなった後に「お父さんの分も頑張れ」「お前にかかっている」と言われた。優しさや激励からの言葉だったけれども、そのときの僕の重荷になった。そんなときでもタロウはいつもと変わらずにいてくれた。腕を組んで。偉そうに。それだけでよかった。

タロウは20歳まで生きた。いつしか走れなくなった。体力も弱くなり、散歩で訪れていた公園で力つきて、抱っこして帰ってくることも増えた。大好きだったウッドデッキにも登れなくなった。腰も曲がってしまって、ぴょこぴょこ跳ねて歩くようになった。ぴょこぴょこ歩きの彼に「年取ったなー」と声をかけると、俺は変わらないぜ、と子犬のときと変わらない目で僕を見つめ返した。最後の数か月間、タロウは犬小屋のなかで寝ていることが多くなった。それでも犬小屋を軽く叩くと何ごともなかったように出てきて、曲がった身体で、早く散歩に行こうぜ、とゆっくり飛び出してきた。俺はまだ行けるぜえええ、と勢いよく出かけたけれど、あっというまにバテていた。そんなときは、抱っこして20年歩いてきたいつもの散歩道を歩いた。あるとき、いなくなったら寂しくなるからもう少し粘れよ、タロウの頭に声をかけた。いつも何らかのリアクションがあったのに、そのときの彼はまっすぐ前を見ているだけだった。毎日のようにお別れのときが来るのを覚悟していたけれども、最後は朝、起きてこなかった。寝ているうちに静かに息を引き取った。多分、死んだことに本人も気が付かなかっただろう。彼は子犬のときと同じように足を組んでいた。

2005年にタロウがいなくなってから、たびたび犬小屋を処分しようとした。そのたびに、屋根を叩くと、散歩に行こうぜ、とぴょこぴょこ飛び出した晩年のタロウや、徒競走を挑んできた子犬の頃のタロウや、高いところにジャンプを繰り返した壮年期のタロウが、ぬっ、と顔を出してきそうな気がして、伸ばし伸ばしにしてきた。タロウが亡くなって庭が寂しくなったので草木を植えた。彼の不在を忘れるため……そんな綺麗事ではなかった。草木を植えてもタロウが「ここは俺の陣地だー」といわんばかりに全部掘り返して駄目になっていたのだ。

f:id:Delete_All:20260128225437j:image

タロウが亡くなって21年たち、母は80歳を越え、僕も50代になった。母は終活をはじめ、僕は肩と腰の痛みに悩まされている。腰が曲がったタロウを思い出す。どんなときでも歩こうとしていた。お前もそのうちこうなるよ、それでも歩き続けろよ。生きているうちは、と教えてくれていたのかもね。母は「タロウがいなくなって20年。もう犬小屋もいいよね」と言った。そうだね、と僕は応じた。犬と人間では生きる速度が違うと言われる。そうだろうか。僕とタロウは20年間、同じ時間を同じ速度で生きていた。走っていた。違うのはゴール地点の位置、それだけだろう。タロウがオシッコをしていたあたりに植えた紫陽花だけが、周りの紫陽花とは違う色の花、真っ青な花を咲かせる。その青い花が咲くたびに、タロウがまだそこに生きているように僕には思えてならないのだ。(所要時間28分)