Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

僕の結婚は失敗でした。

 非常に残念なことだけれども、どうやら僕の結婚は失敗みたいだ。4年前の結婚以来「以前にも増して面白くなくなった」「仕事も上の空だ」「魚には失礼だが死んだ魚の目をしている」「存在が空気」「離婚しろ」と指摘され続けてきたので薄々感じてはいた。セックスレスで、妊活もあきらめてしまった。

 

 結婚というのはきわめてプライベートなことであり、特に僕のような思い込みと偏見の人間が客観的にそのジャッジを下すことは難しい。なので客観的である外部の声の方が僕よりも真実に近いと僕は考える。つまり僕の結婚イコール失敗。僕は、現実を直視するのが恐ろしく、自分をごまかして生きてきたが、もう、無理だ。認めるしかない。明るい近未来もみえない、明るい家族計画を使う可能性すらない闇を、今、僕は生きている。

 

 たとえば、洗濯。「加齢臭がうつってしまいます」と言われ別々にされ、僕専用二槽式洗濯機のベランダへの設置を真顔で提案されたりする始末。くっそー。部屋を歩けば背後霊のように追従する妻に、僕の歩いたあと、僕が触れたものを「お汚物は消毒ですー」といわれファブリーズ等を噴射、消毒、殺菌。くっそー。軒下にカブトムシがいれば命綱なしで採取するよう言われ、大雨の日は、心配性ゆえに近くの河川の増水を観察してきくれと言われ、トイレで用を足せばウンコ扱いされる。クソ。今にも「見事に大失敗ではないか!」外部からの批判と非難と中傷が聞こえてきそうだ。クソ。どう見ても失敗だ。

 

 普通、休日はのんびりと過ごしたいものだ。しかし、僕の休日の朝はひどい有様だ。午前6時半。遅くまで眠っていたい僕の鼻を襲来する味噌汁の香り。一汁三菜~五菜。管理栄養士と調理師の資格をフル活用した献立と料理が食卓に並ぶ。早起きと健康的な食事を五〇回噛むことを強要される。「皇室アルバム」を見ながら。平日の朝は酷いもので、オシャレ感覚を認められていない僕は、自由にシャツを着られない。朝、目覚めると枕元には、きっちりとアイロンされたシャツが置かれていて、僕はそれを着るしかないのだ。自由がない。きっと外部の人からみればこうした休日も非難の対象になるのかもしれない。

 

 繰り返し僕は言っている。「結婚すれば喜びは二倍、悲しみは半分」そんな結婚は嘘だと。結婚は悲しみだけでなく喜びも半分にしてしまうものだと僕は考える。ハーフサイズの喜びや悲しみを、一枚のクッキーを二つに割って食べるように共有して味わう。その共有を楽しむ。それが僕の考える結婚だ。結婚とは思ったよりずっとハードコアなのだ。

 

 最近気づいたことがある。僕はそれを偶然だと信じているのだけれども、僕の結婚について批判的な意見をいってくる人には、共通の特徴がある。「インターネット経由でしかモノを言ってこられない心優しい人」「異性と深い交際をしたことがない人」「インターネット好き好き大好き独身男性」など。

 

 おそらく、こういっちゃあ差別なのでいいたくないが、言われてばかりは悔しいので言ってしまう器の小さな僕を許してほしいのだが、こうした人たちは結婚について、なにか幻想みたいなものを抱いているのではないか。貧相な想像力。乏しい経験。インターネット最高。このようなマイナス要因を抱えているのに、己の人生を顧みず、わざわざ、僕の結婚に意見してくるとは、なんて物好きで優しい人たちなのだろう。本当にありがたい。万が一、いや、億が一、結婚する機会があったら、この文章に書かれていたことを思い出してくれれば僕は嬉しい。

(この愛の文章は14分間で書かれたものである)