『作家の収支』の何が面白いかというとその正直すぎる内容。著作が1400万部売れ15億円を稼いだ作家の収支とたった1人で完結出来る小説家の仕事の特殊性、それがこの本の内容である。「仕事をして、その報酬を得たというだけのことである」(10頁)「ただ、一人の作家の経済活動を概説するだけである」(11頁)というクールなスタンスから「森博嗣という一人の作家の収支データを提供するから活用出来るなら勝手にどうぞ」というもの。『F』についても「この1作で、合計6000万円以上をいただいている。この作品は18万字くらいだったので、執筆に30時間かかっている。ゲラ校正などを含むと、60時間ほどが制作時間になる。時給にすると100万円だ」(46頁)と妙に生々しい記述がある。昨年芸人作家が売れに売れたときによく耳にした「一冊で印税いくら」という話に止まらず、制作時間から時給を公表する作家はちょっと記憶にない。万事このような妙な正直さに溢れていて面白いのだ。
まさかこの本を「金儲けのために小説を書いた」「1日3時間文章を書いて大金を稼いだ」著者が書いた本ということで、ハウツーやノウハウとして崇め奉ったり、激しく共感するアホはいないとは思うけれど、老婆心から著者が以前書いた『小説家という職業』(これもクソ面白い)から抜粋させていただく。「どうすれば良いのか、という方法論は存在しない。それよりも、そういった方法論を人に尋ねる姿勢が、既に大きな障害といえる」このように著者自身がはっきりと創造的な仕事におけるハウツーを否定しているのだ。最近、ホント、クリエイティブになる方法とか文章力を向上させる方法とかくだらないものが多すぎる。小説家という職業 (集英社新書)
著者は特殊なケースである。誰にも真似出来ないレアケースである(著者自身も幸運だったと述べている)。提供されたデータは参考になるけど、1時間6000字執筆、多作、15億円の大金など著者の仕事ぶりとその労働の対償には、感心感嘆するしかない。共感なんて恐れ多いし、共感してるとしたら自己評価が高すぎる。この本の本当の素晴らしさは良くも悪くも正直さに溢れている点で、著者と同じスピードとボリュームの創造的仕事は誰にも出来ないと絶望させてくれるところ。きっつー。
素晴らしいと繰り返しているがこれは皮肉ではない。「君なら、あなたなら出来る」と確かな根拠もなく中途半端な希望を与えるよりは絶望の方が誠実だと僕は考えているし、ひとつの指針にさえ成りうるからだ。『作家の収支』本当に面白い。
(この感想文は読破に要した時間を含めて118分で書かれた)
- 作者: 森博嗣
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2015/11/28
- メディア: 新書
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