Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

私が愛した八重樫(あるいは80年代プロ野球へのラブレター)

プロ野球が好きだ。特に僕が子供だった80年代から90年代初めのプロ野球には思い入れのある選手が多い。僕が好きなのは、タイトルを獲得したレジェンド選手や名選手よりも個性的な選手。インパクトのある見た目。破天荒な打撃・投球フォーム。それから人となり。そういった要素が30年以上経っても僕を魅了し続けている。もしかしたら彼らがいたから、僕の興味の対象はよりレベルの高いメジャーリーグではなく日本のプロ野球で在り続けているのかもしれない。誤解を恐れずにいえば、僕は非科学的なトレーニングに裏打ちされているのかどうかわからない意味不明で豪快な選手が好きなのだ。時代時代でヒイキにしているチームはあったけれども(ロッテ・オリオンズ、ヤクルトスワローズ)、所属チームとは関係なく好きな選手もたくさんいた。キャンプイン直後の今、好きだった選手を何人か挙げてみることにする(敬称略)。なお、この文章は個人的な記憶と思い込みによるものなので少々事実と離れた記載があるかもしれないがあしからず(つーかwikiかなんかで調べて並べたブログ記事なんてクソだと思う)。

ヤクルトスワローズ所属の眼鏡で強打のキャッチャーといえば、イの一番で古田の名前が挙げる人も多いだろうが、僕の中では八重樫。僕がプロ野球を観始めたのは小学生になった1980年くらいからなのだが、見た目眼鏡をかけた中年男の八重樫は、当時の球界スター、たとえば巨人の原のように洗練されたスターとは対極にいた選手だ。アウトサイドの球にバットが届くのかってほどの極端なオープンスタンスから強振するバッティングフォームは、打撃成績とは別の次元で、子供のなかでは大人気。草野球では必ずマネをする奴がひとりか二人はいた。僕もそのひとりで、「ヤエガシ!」って声をあげてモノマネで構えるととりあえず盛り上がった。八重樫のモノマネは、僕が子供の頃に体得した2大無駄スキルのひとつで在り続けている。ちなみにもうひとつはヌンチャクさばきで、風呂上りに全裸でそれを披露して妻がキャーキャー歓声を挙げるのは一時期我が家の日常の一コマだった。八重樫のモノマネ・バッティングは敵味方の注目を集める以外にもう一点利点があった。あの極端なオープンスタンスで己の下手クソすぎるバッティングを隠すことができたのだ。「あ~ヤエガシやってたから打てねえ」「外のションベンカーブに届かねえ」言い訳することができた。まあ、今の僕が言いワケ人間になってしまったのはこれがルーツかも。久しぶりに動画みたら、やっぱり、八重樫はカッコよかった。僕のなかでは毎年30本くらいホームランを打っているを打っていたイメージ。

巨人の西本も好きだった。選手としては同時期のライバル江川の方が好きだったが、西本の投げるシュートは大好きだった。足を大きく上げる豪快なフォームから右打者の内角を、それこそ抉るようなシュートボール。シュートを投げるピッチャーは見てきたけれども、シュートを売り物にしていた投手というのは西本が最後なんじゃないかな。シュートピッチャーといえば、大洋の平松(カミソリシュート)もいたけれど、僕がプロ野球を観はじめたときには選手生活の晩年だったので、シュートといえば西本になってしまう。下にある動画にもあるように、空振りを取るときよりも、足をあげてシュートを投げて内野ゴロを打たせて野手に取らせてアウトにするのが絵になっていた。ガキの草野球ではシュートを投げるヤツは皆無で「今のシュートだろ」「シュートになってない」論争もタマにあった。何もかもが懐かしい思い出だ。久しぶりに動画みるとめちゃくちゃ曲がっているわ。まさに魔球。すげえ。

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80年代巨人といえば呂明賜(ロ・メイシ)の一瞬の輝きも忘れられない。確か怪我のクロマティの代わりで出てきて打ちまくった元祖・アジアの大砲。クラウチングの姿勢から豪快なフルスイングでホームランを量産。当時、外国人といえばアメリカ人選手だったが、親しみのあるアジアンな見た目から豪打を繰り出す呂は中学生の僕らにはとても衝撃的だった。デビュー半月くらいで10本くらいホームランを打ったので余裕でシーズン40本は打つと思っていたが、たしか10数本で打ち止め。鎮火具合も凄まじかったので、そのぶん、あの衝撃的なデビューが今でもまぶしい。このフォームを真似てバット振ってると腰を痛めるので中高年にはおすすめできない。僕は十年ほど前にバッティングセンターでこれをやってひどい目にあいました。

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 まずは下の動画を見て欲しい。左打席で振ったあと右打席まで行っている。「そんなにバランス崩してまで力んでバットを振り切らんでも…」と子供ながらに思いながら見ていたのが広島のランス。バットへの当たらなさと当たったときの破壊力といったらプロ野球史上最強なのではないかな。打率は2割がやっとのホームラン王。使いにくい選手の典型だが、インパクト大だった。よく「バットに当たれば…」と指摘される選手はいるが、ランス以上にその文句が似合う選手は後にも先にもいない。

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二刀流といえば今シーズンからメジャー移籍した大谷が有名だけれど、僕のなかでは南海にいた近田が頭に浮かぶ。なんと左右両投げ。しかも右はアンダースローなのが熱い。「巨人の星」の星が大リーグボール3号で左腕を壊して引退後、「新・巨人の星」で右投手として謎復活した(うろ覚え)のを一人で体現したマンガピッチャー。夜のスポーツニュースで取り上げられて、次の日、学校のボンクラキッズの話題になり、いつ大活躍するのか、どれだけ活躍するのか、一日だけ話題の中心になって、その後、飽きっぽいボンクラに忘れ去られた選手。昭和63年のシーズンはじめの一試合だけ登板して引退したのを知ったのは数年後のことであった。特注の6本指グラブを駆使したスイッチ投法とか夢がありすぎた。いや。夢しかなかった。

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夢。といえば阪神にいた猪俣、通称イノマティのナックルボールも夢しかなかった。快速球が武器の大型左腕で決め球はナックルと聞いて胸が熱くなるのが野球好きのボンクラというもの。しかし夢は夢のまま終わってしまった。とにかくコントロールが悪くて四球を連発していた。僕の記憶では四球しかない。現役引退までナックルが炸裂することはなく終わってしまった。下の動画の11秒くらいで謎の激変化しているボールがもしかしたらナックルボールかもしれない。この球をいつも投げられていたらと思ってしまう。

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強肩といえばライオンズの羽生田。バッティングの印象が皆無でとにかく肩が強かった。僕のなかでは鉄砲肩イコール羽生田。その魅力は下の動画を見ていただければおわかりいただけると思う。

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よくわからない投球フォームの選手が好きだ。サイドスローから150キロ超の速球と変態スライダーを投げていたヤクルトの平本(動画が見つからなかった)や、見事なまでのアーム投法の横浜・小桧山。これだけ肘が伸びたままよくこれだけの速球が投げられるなと感心したものだ。どういうメカニズムなのだろう…。たしか一時期は横浜の大魔神佐々木へつなげるセットアッパーをつとめていた気もする。小桧山はアーム式でしかボールが投げられないボンクラ野球好きのひとつの到達点であった…。夢しかない。

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忍者打法の大洋・市川も思い出の選手だ。忍者打法というと現代を生きる若者たちは凄い打法を想像するかと思うが、実際は、始動したスイングを急止して誤魔化し審判からボール宣告をいただく動作を芸術の域まで高めた、打たないバッティングの極致である。ボンクラ草野球でマネをする者もいたが、みっともない、と理由でいつの間にか誰もマネしなくなったワザである。少年たちはボンクラであっても基本的にはヒーローが好きなのだ。実は八重樫のマネよりも高度な技術が要求される打法である。ちなみに僕は市川の忍者打法は覚えているがヒットを打ったところを見た記憶がない。下のギャグ動画30秒からのカットを見ていただければ百聞は一見にしかずなのである。こんなん笑うわ。

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僕はつば九郎の偉大な先輩ヤー坊&スーちゃんも忘れないよ。

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1時間以内でどれだけ懐い選手を挙げられるかの挑戦はとりあえずここで一旦終わりとする。皆さんのハートには何が残りましたか?まだまだ1パーセントくらいしか語れていないので、また機会があったらパート2を書きたいと思う。ではまた。(所要時間51分)