Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

妻が新興宗教の勧誘を失礼のないように断りました。

己の良心に従って新興宗教のセールスを断ったら心が死んだ。自分で思った以上に深刻なダメージで、完全回復できていない。先日、大きな台風がやってくる直前の午前中、某新興宗教のセールスが我が家へやってきて、僕が対応した。女性の二人組だ。おばはんと若い女性。もしかしたら親子だったかもしれない。彼女たちは簡単な自己紹介をすると、タンクトップから腋毛をのぞかせているふざけた恰好の僕を相手に、真顔のまま、チラシを見せて、あれこれセールストークをはじめたが、お二人の幸薄いオーラがすべてを無にしていた。そんな負の空気をまとっているグループにどんな物好きがすすんで入ろうというのか。ひととおり話を聞いた後で、申し訳ないけど、つってお断りをした。友好的なムードであった。誰かハマる人がいるといいねって笑いながらリビングに戻ってくると、妻は「キミは何をしているのですか。バッサリと話を斬ってしまいなさい。私はいつもそうしています」と物凄い剣幕で叱られた。バカなのか、アホなのか、両方なのか、と。なぜそこまで言われなければならないのかわからなかった。

僕は営業マンだ。営業のことはだいたい知っているつもりだ。駆け出しのころ飛び込み営業をやらされた苦しさを忘れたことはない。誰も話を聞いてくれない苦しみ。あの存在を全否定されるような苦しみは誰にも経験させたくない。あの頃の自分の姿と新興宗教ガールズを重ねて、せめて話だけを聞いてやろう、という気持ちになったのである。それのどこが悪いというのか。奥様は「本当に営業マンですか?」と僕の20数年間の営業人生を全否定した。全否定きっつー。奥様は、営業という側面からいって、入信するつもりがないのにセールストークを全部聞くのは、時間と手間の無駄である、本当に彼女たちの営業成績を配慮するつもりがあるのなら、イチ早く話を打ち切って、次の営業機会に向ける時間を浪費しないようにすることではないですか、と僕を罵った。小娘の分際で営業で20年食ってきた僕に何を言うかという気概はゼロになっていた。正論すぎて何も言えなかったのだ。でも、何か強い言葉をかけたら折れてしまいそうな、幸薄い新興宗教ガールズにばっさり言うことができようか。「間に合ってます」と新聞のセールスのようにいったら、ロゴ入り洗剤、生産者(信者)明記の無農薬野菜、本部への招待券、主催プロマイド、という販促グッズで心を揺さぶられるかもしれないではないか。そう抗弁する僕に奥様は「笑止。今度機会があったら私がきっちり完璧に断る模範をキミに見せてやります」と言った。営業マンとしてのプライドをぽっきり折られても僕は彼女の言葉に半信半疑だった。営業の何がわかるというのか、そう思っていたのだ。そう、昨日までは。

昨日の夕方、新たな使徒がやってきたのだ。前回僕が対応した団体ではなかったが、やはり女性二人組。なぜ幸薄い雰囲気は解像度の低い玄関のモニタでもわかるのだろうか不思議だ。使徒を確認した僕は奥様に「ささ、お手本を」と声をかけた。彼女は自信満々の様子でドアに向かった。僕は忘れないだろう。ドアをあけて差し込んできた光に浮かびあがる白いワンピースを着た彼女の姿を。新興宗教ガールズは簡単な自己紹介を述べるとチラシを出した。ここまでは僕と同じだ。どう出る?まさか何の芸もなく「間に合ってます」で打ち切るのか。耳をすましていると奥様の声が聞こえた。「申し訳ありません…」セールスお断りという通俗的な意志を感じさせない澄み切った声だった。何が起こっているのか。僕は物陰から見た。奥様の後ろ姿が見えた。彼女は腰の高さにあげた両の手のひらを上に向けていた。落ち着き払った雰囲気。それから彼女は「申し訳ありません…今はこのような場所に住んでいますが…」と声に悲痛の色を含ませて言うと「私が神です…」と続けた。時が止まった。「私が神なのです…」使徒たちが息を飲むのがわかった。気が付くと彼女たちは退散していた。結婚して8年になるが、まさか神だったとは。残念ながら僕には「私が神です」と言える精神的な強さはない。手本にならない。普通は無理だ。とすると本当に奥様は神なのだろう。そりゃ俗世界の底で生きる平々凡々な人間である僕とレスになってしまうのも納得なのれす。(所要時間22分)

9月27日に本が出ます。

ぼくは会社員という生き方に絶望はしていない。ただ、今の職場にずっと……と考えると胃に穴があきそうになる。