Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

カツアゲに遭いました


 父さんにも殴られたことないのにカツアゲに遭った。午前中に高崎駅構内で被害者になった僕は今、熱くなった頭を冷やすために、高崎駅東口にある、一面ガラス張りで、入り口の広さが悲しくなるほど人影は疎らで、四角くピカピカした姿はどこか宗教的で、そのうえ突如巨大ロボットに変形しても、うむ然り、と納得してしまうであろう機械的な外見もかねそろえていて、それでいてオッパイを半分露出させた女の子が一階でMP3プレイヤーを眺めるような通俗的な空気もしっかりと持ち合わせていて、ついでに高崎の町ん中じゃちょっと無視出来ないだろう的な自尊心もびしびし感じさせるヤマダ電機高崎店、その5階、中華料理屋で生ビールを飲みながら開いたノートパソコンを叩いている。その、午前の出来事を総務ガールに電話で言うと「情けない…」なんて言われる始末で、被害者の僕は怒りのブラインドタッチ、叩く叩く叩く。


 朝、高崎駅。朝食も食べずにママチャリ、JR新宿湘南ライン高崎行きと乗り継いで、精算をしていた僕のところに二十歳くらいの不健康そうな青年が歩いてきた。腰で履いたジーンズのうえからはトランクスの馬鹿みたいな模様が見えている。腰履きジーンズからはみ出したトランクスの面積の大きさはIQの高さと反比例する。僕の経験上では。青年は、千円札がうまく入れられない震える右手に、蒸し暑さに、仕事があるからビールが飲めないことに、ビニール傘をパクられたことにイライラしていた僕に声を掛けてきた。「おっさん、百円くれよ?」。へ、ととぼけている僕に被さってくるベタベタした声。「俺、朝飯食べてないんだよね〜」。


 ムカついたけれど大人な僕は受け流してギャグをかます。「百万円ならあるけど?」。僕も朝食食べてないけれど若者相手にムキになるのも大人気ないしねえ。「つまんねえオヤジギャグはいいから百円出せよ」。ブチ切れる。「うっせーな。てめーマジ殺すぞコラ。俺はビールが飲みたいのに飲まずに労働しているんだボケェ」「いいから百円くらいケチケチしないで出せよオッサン」「なんで百円やらなきゃいけないんだ」「出せよ」「だいたい入場券買って駅入ってきてんだろー切符買わないでアンパン買えやボケおい頭割るぞコラ」「出せって」「ヤダ」。僕が強い気持ちで百円をやらないって言っているのに、執拗におっさんおっさんと迫り来るので「俺さー老けてみえるけどまだ18なんだよねー実はー。ああ、もう耐えられないコワイヨー。泣くぞー」と言うと諦めて消えてしまった。


 それから2時間ほど経って、ま、不遇な若者は若さを武器に頑張ればいいのよ大きくなれよー僕には一生追いつけっこないけど、なんて、用事を済ませ、高崎市役所から駅へ悠然と向いながら優越感に浸っている僕の目前30メートルの十字路に朝の百円青年の姿。百円もないのにギャルと腕を組んでいる。わけわからないけれど胸の奥底から湧き上がる負けた感じ何これ。ションベンしているときに横のおっさんに覗かれ笑われたときの感じ。完璧に敗軍。僕は木曽義仲の生まれ変わりになり百円とギャルの等価交換を求めて走り出す。「てめえ、待てコラ!百円やるから!」。右手で振り上げたキャップをなくしたボールペン、先端、夏の陽射しできらめいて、人間を突き刺せるほどの鋭い刀になって。


 間違ってないよなあ。ケチじゃないよなあ。情けないかなあ。振り返っている今この瞬間も百円青年はギャルと腕を組み組み肌を密着させて高崎の町を我が物顔で歩き、生ビールを飲みながらギョーザをつつく僕の傍らに巴御前はいない。若いっていいよなあ、と思うときもたまにあるけれど、5年前よりも生ビールが美味いとおもえるから僕は今の僕でいい。