Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

接待で富士山に登ってます。


夏休みの夕べ。家で妻とのんびり過ごしているはずが、突如山岳ルックで現れた部長に、なかば拉致のようなかたちで車に押し込められ富士山に向かっている。


 半年後に定年で会社をやめる部長、最後の大イベントである接待富士登山は部長の深爪で中止になったと聞かされていたのだが。「部長、接待登山は中止になったのでは?」「課長は俺の顔に火山灰を塗るつもりか?」意味がわからない。ハンドルを握る部長に焦りの色。「待ち合わせは富士宮だったか…御殿場だったか…根拠はねえが一か八かで富士宮に賭けてやる…」ロックすぎる。「部長、もし御殿場だったら…」「そんときゃ富士宮焼きそばを喰いながら詫びるだけよ…」

 巻き込まれたくないと思い「しかるべき連絡はしておくべきですよ」と進言すると部長は「一理あるな…待て…」とつぶやいた。それからハンドルを握る部長の目から、ふっ、と力みが抜け、ハンズフリーで電話をかけ出したので、あっ、進言を受け入れ、待ち合わせをしている人物に待ち合わせ場所等々を確認してくださっている、感心して見つめる先で「おじいちゃんは山登りでちゅよー」とやり出した。前途多難すぎる。


 この絶望はツイッターの140文字ではとても語れないし絶望感が流れていくのも嫌なのでここに書いていこうと思う。急な話かつ普段アウトドアをやらない人間なので準備不足。やっておくべきこと、準備したほうがいいものがあったら教えてほしい。今夜が山だ。



そもそも僕は参加メンバーではなかったのだ。(つづく)。


追記1

二時間半前。夕食を済ませて妻と酒を飲み飲みラモーンズを聞きながらダークナイトについて語っていると部長から電話。

「夏休みとはいいご身分だな…体調はどうだ…?」
迂闊であった。警戒して着信拒否設定をしておくべきであった。今ハワイにいると嘘を言うべきだった。
偽証罪にびびった僕が馬鹿正直に、そしてバツイチかつ良好な関係にない部長を挑発するように、「まあまあです。今家で家族とクラシックを聴いているところですよ、いやいや家族っていいですねー部長も新しい家族どうっ…」と言い終わる前に呼び鈴が不愉快なリズムで鳴らされドアの覗き穴を覗くとそこに青いバンダナをまいた部長が。犬を放っておくべきだった。
「時間がねぇ。五分で出るぞ。客が待っている。ニイタカヤマノボレマルハチマルロク!ニイタカヤマノボレマルハチマルロク!」
さまよえる青い団塊め!(つづく)

(山を前にノリノリ)

追記2

 四年に一度、オリンピックに合わせて開催される営業部恒例、接待富士登山は山好きの顧客と部長、営業部内で最も若いメンバーが参加するイベントだ。


 今回は僕の出番ではなかったのだが、予定されていたクロサワ君が今日の昼間に突如フットサルの楽しさに目覚めて練習を開始。直後に転倒して捻挫の診断書を足を引きずり引きずり部長に持参してきたそうである。蘇るクロサワの過去Tweet「正直、足で球を蹴って何が楽しいのかわからない」。「奴め…てめえの弱さと痛さを隠そうとして無理に笑っていたよ…殊勝だな」とは青菜に塩の部長の言葉である。殊勝じゃなくて失笑だろそれ……謀ったなクロサワ!


 これが経緯である。


 準備が心許ない。服と靴はクロサワのものを借りたが荷物は水道水を入れたペットボトル四本。タッパーに詰めた白米。ダッフィー(ティッシュ入れ)。うまい棒。妻が渡してくれたお守り。ビニル袋。新聞紙。日常薬のバイアグラ、下痢止め。財布を忘れてしまったので小銭入れ二千円。部長は現金を持たない主義だそうで借りられない。体を慣らすために五合目で休憩をとるので足りないものはそこで揃えようと思う。酒は抜けてきた。助言求む。(つづく)


追記3


この登山で怪我したら?労災になるのか?心配になり部長に質問してみた。
「夏休み取得中のプライベートなのですが出社扱いに変更でいいですよね?」。すると部長は真顔になり「俺もプライベートだ…会社はリスクをわざわざ犯すようなことはしない…今回の登山も会社は一切関知しない!だが、考えてみろ…ここに来られない他の営業部員のことを…俺たちは奴らを代表して奴らの参加できない無念を背負っている…」皆様、無念どころかラッキーと思っているはず。


 しかし、あの部長がプライベートを削って会社のために…と極微量に感動していると「もっとも…公人である俺にプライベートは存在しない…だから貴様はプライベートだが…俺は否応なく出勤扱い、しかも休日出勤扱いになってしまうな…」部長が何を言っているのかわからない。疲れるからいいやもう。生還したら人事と相談しよう。怪我しないうちに六合目あたりで引き返そう。


追記4


 富士宮口到着。お客との待ち合わせに成功。部長はお世辞のつもりなのか「いやー奇跡的ですな。〜様とこんなところでご一緒できるとは…」と調子に乗っていたが実際、奇跡である。つーかまぐれ。御殿場待ち合わせだったらアウトだったわけだし。今日の客は堅実な商売をなさっている社長である。会社や仕事の核心に迫る事項は排除して書かなければならない。以降、社長のことをボビーと呼ぶことにする。今は、五合目で身体を慣らしている。


 今回の任務は、登山中にプレゼンをおこない最終合意→山頂から見積書発送というものである。
富士山山頂から発送された見積でないと中身は見ないと頑ななボビー。部長の「なんなら開封の必要がないハガキで送りましょうか?」という揺さぶりにも動じない。


 接待富士登山企画の意味を尋ねると部長は、先入観で物事を決めつける奴はトップセールスにはなれない…この企画の意味?理屈じゃねえ…意味があるに決まってんだろ!と先入観で決めつけてました。


 部長の構想では、共に山を登る連帯感、空気薄による判断力低下、登頂成功、御来光を観ることによる高揚感、これら三要素に乗じて商品、企画の魅力無さをカバーし、成約に持ち込む、その後相手が正気になる前に速やかに下山するというものである。アホだ。部長は山本五十六の小説(コンペキの艦隊?)を読んでこれを立案したそうであるが当該作品を知らない僕としては、どれだけ影響を受けているのか判断しようがない。


 あと、部長として最後の大仕事があり、僕の手を借りたいらしい。それともうひとつ妻から頼まれたことがあるけど、それは登頂に成功したらね。


 こんな企画、参加しなければ?というまっとうな意見もあるだろうが、成功したときの売上の大きさを知ってしまっては…悲しいけど、俺、営業なのよね。心配なのは山頂で本当に郵便が出せるかってことかな。山頂の郵便局が部長の創作ならここで引き返すだけなんだけど。


追記5

 まもなくスタート。ボビーは山慣れしている様子。僕以外の二人は六十代半ばというのがやはり不安であり不満でもある。五合目には可愛らしい山ガールがたくさんいらっしゃるというのに!なぜ「チヨノフジイズストロンガーダンアケボノ」と外人に話しかけている64歳男性、特に仲がいいわけでもない部長と登山しなけりゃならないのか。


 不安を打ち払うつもりで部長に登山経験をきいてみた。「海外はマッケンローを知っているくらいだが…高尾山、スカイツリー、サンシャイン、高尾山、ダイバーシティー、御陀仏山、高尾山等々国内では富士山より高い山の経験は豊富だ。あと双葉山と霧島の土俵も好きだ。安心しろ」 何をいっているのかわからない。不安増大。


 僕の不安を他所に、部長は「ついてこられるか?…この俺に?」とランニングのポーズや尻を振るなど挑戦的な態度を取り続けている。不安だ。気をつかいながら話をしながらの富士登山。きっつい旅になりそうだ。部長にプレゼン資料が入っているからと持たされたノートパソコンが負担だ。疲れにくい山登りの姿勢とか歩き方のコツがあるのなら教えてほしい。できたら高度三千メートルの薄い空気のなかでプレゼンを成功させるコツも。(つづく)


杖を借りた。


追記6

 寒い。ブログどころじゃない。
 
休憩。想定よりもきつい。息苦しい。休みを小まめに取るのが救い。しかし重い。ノートパソコン重い。捨てたい。しかし部長…何を考えているんだ?ふざけているのか?最初、ボビー、僕、部長の隊列でゆっくりと登りはじめた。出発数秒後、部長の、山気分を演出しますという提案で僕が山岳らしい歌を歌うことになり、高度三千メートルでファンクフジヤマ、天城越えサビのみを歌うが、息切れで、声をはりあげられず、あとでやり直しを命ぜられる。山岳っぽい歌て何だ?いい歌が思いつかない。


 まあそれはいいとして、途中で部長が、遅え。牛歩か?と苛立ちはじめてスピードアップ、単独で先行。接待はどうなったんだろうか。これ幸いと部長抜きで営業トークをはじめるが、ボビーはマイ登山に夢中なあまり無反応であるし、こちらも勾配のきつさに、うっ。いいっ。あっー!と卑猥な呻き声を出す始末。さいわい、ボビーはご機嫌である。休憩休憩。


 エネルギー補充のためにご飯がはいったタッパーをあけた、瞬間に強風。土がかかって食べられない。嘘だといってよ、マーミー。あとは水道水しかない。ガス欠になる前に水を飲めと言われても水分補給のタイミングがわからないのだぜ。リュックサックにぶら下げてきた熊のダッフィーが汚れてしまった。妻が悲しむな。


追記7


 人多い。道端で騒いでいると変な目で見られる。


 部長のペースが落ちてきてる。道端で休憩。詳しくは書けないがボビーとの商談は順調。部長、俺のことはいい。置いていけ。僕、わかりました。お疲れ様です。部長、俺はどうなるんだ?という不毛なやり取りを交わす等々。


 足の不調を訴える部長の荷物を持つことになる。不服そうな僕の様子に気づいた部長の、きにいらんな…いう声がきこえる。足なんて飾りですよ…百パーセントの力がだせますってヤケクソで嫌みを言うと、確かに俺の足は飾りだが…飾りとはうまいことを言うとなぜか嬉しそう。酸欠だろうか。水がうまいなー!エイチオーツー!と奇妙なことばを叫びながら水ガブ飲みしている部長を変な目で登山者が見ている。酸欠だとしても恥ずかしい。


追記8

休憩。部長復調。荷物を持たされた僕は疲労がたまりはじめたのがわかる。だっるー。これ、俺を踏み台に!状態だろ。ボビーは口数は減ったが調子はよさそうだ。商売はうまくいきそうだ。
高山病がひどい。
部長「弊社の武器は行動力!登山から密輸まで!手足となって働きます」
ボビー「密輸に失敗したら?」
部長「無論、御社の責任です。弊社は手足です。手足に密輸を企てる脳はありませんよね…」
ボビー「手足が勝手に動くというのもあるのでは?」
部長「オッシャルトーリ!痴漢は皆そう言いますから。私もよく悔いより先に手が出てしまいます…」
高山病がひどい。

 水がなくなったーと騒々しい部長にペットにいれてきた水道水をわける。お前が口をつけたボトルに口をつけたくない、とか言われてムカつきながらコップに注いでやった水道水を口に含み、おっ、と口を脱肛した肛門のようにすぼめた部長が「これは…エビアンだな?毎日これしか飲まないからわかる。ちっとはわかるようになってきたじゃねえか…富士を攻めながら富士山麓から湧き出たエビアンを飲むのは格別だ…」と言うのを無視しているうちに大事な水の大半を飲まれてしまう。このあとどーすんだよ?


 水を飲んで回復した部長がウインドーズを出せと命じた。必死に担いできたノートパソコン。動くのか。いよいよプレゼンだ。ウインドーズオーン。部長の声に応じパソコンが起動。やった。無駄じゃなかった。部長が会社のパソコンでつくった…資料が…ない!会社でつなげてあるときは見れたんだけどなー。iPhoneならどのデカブツでも同じブツが見れるんじゃねーのか?ローカルに保存してないんですね。クラウドの悲劇。イマココ!


追記9

9合目出発。直後に休憩。道きっつい。寒い。まったく反応のないボビー相手に営業トークをするなどして消耗。息苦しい。マジで苦しい。疲れた。頭と足が痛い。

星が回ってる。彗星かな。イヤ、違う、違うな彗星はもっとバーって動くもんな!高度のせい?気流?この現象わかる人いますか?


追記10

部長とボビーは遅れた。まだ来ない。御来光間に合うか?時が見えぬ。やって来ないようならここでリタイアでもいいかな。頭痛がひどくなってきてガンガンする。妻から、死にそうなときは私だと思ってこれを見て、と渡されたお守りをあけた。五円玉×六枚。六文銭、ありがとーこれで三途の川も渡れるね、死にーゆくー男たちは、って殺すなよ。ドザエモンのような顔をした二人がきた。また。


追記11

御来光すごい。




追記12

 山頂到達。さして重要ではない部長の個人的な頼みをきいて驚いた。「俺がここを訪れるのは最後だ。もうここに部長という立場で立つことはないだろう…だから部長として最後の任務を貴様に与える…ダイアモンド富士を背に富士山頂に立つ俺の勇姿を写真におさめてくれえ! 」無理だ!御来光。ソーラレイ


 妻から頼まれたことは、お祈り。先月末、妻が可愛がっていた野良のネコタロウが死んでしまった。「一番天国に近いところからお祈りを捧げてあげて」と妻。ネコタロウの冥福を祈った。遥か下を雲が流れていく。妻のいうように天国は近いのかもしれない。さあ、一休みして下山だ。ラモーンズ聴きたい。良かった。部長とちがって僕には帰れるところがあるんだ。こんなに嬉しいことはない。ネコタロウにはいつでも会いにこれるから。

 商談はまとまったのだが郵便局が。(つづく)


追記13


 ボビーのお鉢巡りに付き合う。足が痛い。部長は「銃後をかためる…」といって待機。納豆以外に苦手はないが高いところだけは…だって。富士山来るなよ!



影富士凄い。

ダイナミックな火口。

日本最高峰の上にひろがる青すぎる空。

一周するのに一時間半もかかってしまった。(つづく)


追記14


商談は合意。郵便局から見積発送と…思ったら…

郵便局の営業、昨日で終わってた。(やっぱし)

雑な表示がココロを荒ませる。【富士山山頂から発送された見積以外は中身は見ない】と頑ななボビーに、いいっすよね?と聞いたら意外や難色を示している。富士山登って、御破産かよ…。

うまい棒までパンパンに膨らんでインポテンツでしかも失注した僕をからかっているように見える。

バイアグラ飲むぞコノヤロ。(つづく)


追記15(完結)


今回の富士山行に六文銭やダッフィーを持たせたり、御来光写真にノーリアクションなど、終始妻の機嫌が悪かったのだが原因がわかった。今日は初めての結婚記念日。忘れてたとはいえないが忘れてた。妻とランチの約束をした。ランチに間に合うように下山する。それでは。



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