Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

自己都合で退職した元同僚が上司にガチで復職を直訴してきて驚いた。


(「自己都合で退職した元同僚が半年間のプー経験を売りに在籍時以上の待遇を求めて復帰を希望してきて驚いた。」
http://d.hatena.ne.jp/Delete_All/20120612#1339503482

「自己都合で退職した元同僚が想定外の助けを求めてきて驚いた。」
http://d.hatena.ne.jp/Delete_All/20120902#1346588487

「自己都合で退職した元同僚の自分都合のワンダーな悩みを聞かされた。」
http://d.hatena.ne.jp/Delete_All/20121113#1352757680
のエピローグです。)

 僕は小さな食品会社の営業課長。不幸な偶然が重なって昨夏「自分探し」を理由に自己都合で退職したゆとり世代の元同僚(自称必要悪君)と団塊世代の部長と僕の三人で飲むことになった。気が合わない者同志なので会話がはずまない。海岸から徒歩五分の居酒屋。海が聞こえる。《なーぜー見つめるほーどー行きちがーうの》店内に流れるヒステリックブルーのヒット曲。重苦しい沈黙。この沈黙は、僕の結婚披露パーティーで部長が「先日、長年の別居生活を経て、妻との協議離婚が成立したことを皆様にお伝えして新郎新婦へのお祝いの挨拶にかえさせていただきます」とスピーチした直後に会場にたちこめた沈黙を僕に思わせた。


 今何やってる?アプリですね。炙りか…生の刺身よりはマシだな、という内容のないやり取りを経て必要悪君がアルコールの力を借りて部長に復職を直訴した。「戻りもありかな?って思ってます」すると部長は、フォトンベルトに突入してアセンションが希求されているご時世に悠長な…とまったく取り合わない様子。頭がおかしいふりではなくガチなので笑えない。中ジョッキ追加。


 堪り兼ねた必要悪君が声を荒げる。「ぶっちゃけ部長のことを評価してませんよ、俺」「そういう本当のことは言ってはダメ…」という僕の声を部長の声が遮る。「内部告発。部下からの評価。すべてクソだ。俺は評価する側の男。それが組織だ…」「組織って何すか?」「イキすぎた成果主義と笑われるかもしれんが…」部長は噛みきれなかった焼き鳥をウェッと吐き出した。焼き鳥は居心地の悪い僕の気持ちを代弁するように取り皿の上にあり続けた。それから部長は「俺が何もやらなくても誰かが俺の仕事をやってくれている…それが組織だ」といって独自の組織論を〆た。「なるほど組織も悪くないっすねー」と必要悪君。違う違うそうじゃそうじゃない。


 「なぜウチに戻ろうと思った?出戻りには冷たい場所だ…」と部長の陰湿な声に「部長も出戻りですよね?」と屈託ない声で禁句を口にする必要悪君、なぜか白目の部長に構わず、畳み掛けるように「俺、部長と同じ出戻りで凄い人知ってますよ」嫌な予感がした。「スティーブ、ジョブズです。仕事は先入観抜きで数字を見て判断してもらいたいっす」「先入観も何も君の場合、在籍時の実績があるじゃん」思わず口が滑る。部長が口を開く。「スティーブと俺を同列に語るところは見所がある…評価してやろう…だが、営業は数字だ。俺は私的な感情は一切抜きで、部下のあげてくる、営業ノルマ達成率、誕生日、身長体重、年齢…等々の数字しか見ねえ…沈着冷静に…感情は一切抜きだ!」と感情を爆発させた部長はマグロの刺身を口に放り込みクチャクチャ音をたてながら「もっとも…キライな奴はハナから低くみて潰しに入るが…貴様はなぜガタガタ言わずに死ぬ気で仕事をしようとしない…」


 必要悪君は折れない。「いやースキルアップやキャリアに繋がらない仕事は、緩やかな自殺ですよ?もしやるなら、それなりに、もらわないとやりませんよ。それがビジネスですよ?時間は有限ですからね。部長や課長のように時間を浪費して歳だけとるのはマジ勘弁っすよ」こいつ…殺るか?必要悪君は吠えつづける。この時間が浪費だとなぜらわからん。中ジョッキ追加。


 「だいたい俺ら世代が苦労するのも勝ち逃げの部長世代が悪いんすよ」「何も生み出したこともねえ、生みの苦しみも知らねえ安産ヤローが…」キレだす部長、止まらない必要悪。意味がわからん。アイキャンストップ論理DEATH。「こんな国をつくって恥ずかしくないんすか!部長!」。僕は初めて部長を応援していた。言い返してやれ。ゆとりは叩く。徹底的にな。怪気炎をぶすぶすあげている部長が静かに口をひらいた。「俺たちにもプライドはある…俺たちは先代を引き継いだだけだ、故に俺たちに責任をなすりつけるのはお…」部長の声がフェードアウトしていくのが悲しかった。中ジョッキ追加。


 必要悪君は吠えた。「だったら将来のために良いものを残しましょう。俺イコール未来っす。戻ってもいいですよ。ただイイ仕事にはイイ環境が必要なんですよ。キテる会社はアソビもマジじゃないっすかー」疲れる。中ジョッキ追加。ソクシンブツテキにはそうだな…と死体のような前置きをした部長が「だが理屈じゃねえ、俺がブレると部隊が揺れる」と見栄を切った。部長の吐き出したタバコの煙が反撃の狼煙に見えた。「テメーには土台がねえ。土台がねえヤツの言葉には聞く価値がねえ」


 経験がないのは若いから仕方ないじゃないっすかーという必要悪君の声を蹴散らせて部長は続けた。「お前はチャンスをピンチに変えられるか?客ごと木っ端微塵にしたことがあるか?チャンスをピンチに変えた数で男の価値は決まる。新人?若さ?なるへそなー。そんなのは逃げだ…。俺を見ろ…デキル奴は逃げない…厳しい環境に身を置いたことがねえ、人のフンドシでしか相撲を取ったことがねえ、お前にはわからねえと思うがな…いいことを教えてやろうか。俺はオヤジの会社に入った瞬間に総務部長だった…」部長以外の音は喪われていて、しん、として耳が痛いほどでした。中ジョッキ追加。


 「お前には染み出てくるものがらねーんだよ」と叫ぶ部長に「柔軟な発想とまだカタチになっていないアイデアがあります」と対抗する必要悪君は哀しかった。「てめーのアイデアなんて、俺が、この手で、コロンブスの卵ごと潰してやる。営業の厳しい世界では丸裸にされる。何もないお前は生き残れない。客に不良債権や狂犬と言われたことがあるか?。俺はある。いくら細工しても俺の恐ろしさが染み出ちまう…隠せねえ…」「可能性を買いましょうよ、未来への投資っすよ」


 二人の香ばしいやり取りを聞きながら、僕はひとつのシーンを思い出していた。部長と病院に営業をかけていた、あの夏の夕べ。部長が外した瞬間を狙って看護部長が僕に言った「失礼ですが…御社の部長さまは脳の病気をされたことがありませんか?」という言葉。あの夏の夕べを僕は思い出していた。アブラゼミと廃品回収の拡声器がうるさかったな。中ジョッキ追加。


 必要悪君が僕を現実に引き戻した。「それとも競争がこわいんすか?俺、勝っちゃいますから」部長は動じない。「百戦錬磨の営業マンも…情けねえ…俺に率いられて初めて烏合の衆になる。お前は烏合の衆になれない…」「ほめていただいてあざーっす」ダメだこいつら。中ジョッキ追加。部長はキンキンに冷えたビールを飲み、人肌のビールはうっまいなー、死姦願望をさりげなくアッピールすると、「これだ…本音と建前がわからねえアマチュアが…お前は俺の部下としての資質に欠けている…」何で〜の声にかまわず部長は続けた。「年功序列信者と誤解されたくないが、これだけは言っておく。能力や実績の有無に関係なく年を重ねるごとに立場と給与が上がるのがベストだ。求めているのは責任を取って犠牲になる部下だ…。俺は部下の首塚の上に生きている…。お前を雇うくらいなら会社を燃やす」僕には見えた。部長の後ろに広がる焼け野原と必要悪君の前に広がる廃墟が見えた。中ジョッキ追加。


 アホらしさに呆けていると、じゃあ課長に決めてもらいましょう、そうだな、というノイズが耳に。「課長…俺とコイツのどちらが正しい?まあ、俺のいうことはバカがつくほど正論だから難しい判断ではないが…」…ガチのバカなんじゃ?と言いたくなるのをこらえる。部長と必要悪君。どちらにも票は入れられない。部長は己の能力と実績を妄想している。必要悪君は己の能力と可能性を妄想している。過去と未来の違いはあれど二人ともおなじだ。仕事をしないという点では。答えを出さないでいると「決められねえとは情けねえ…」「使えないっすねー」二人の声が聞こえる。膿が聞こえる。


 僕は言った。「二人とも俺の前で仕事やってから言えよ」。その後は、仕事をやったことに満足してるダメな男やら考えずに仕事をしている計画性のないアラフォーやら散々に言われたけどこいつらに何言われても痛くもかゆくもないっつーか。最後に「定年間近に離婚されて家で一人は寂しいでしょ?」という元同僚の問いに対する部長の答えをここに記し、戒めの言葉としたい。


「ったく…見えてねえな…寂しいなどと弱音を吐く以前に…もう…家がない…」


まさに木っ端微塵。


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