Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

「全社一丸となってブラック企業を目指します」と社長は仰った。


 皆から惜しまれずに定年退職した営業部長が遺していった負の遺産のおかげで苦悩している。すなわち「ブラック企業イコール黒字優良企業」という誤った認識知識である。今は亡き営業部長が社内外屋内外構わず「わが社はブラック」と叫んでいたおかげで社長以下上層部(ご親族一同)に誤った認識知識が浸透してしまったらしい。


 おかげで部長亡きあと、社長は「あのさ〜もっとブラック感を出していかないと〜」とか「ブラックについて来られない者はもう結構」と仰るようになり、呼応した各部署が「全事業のブラック体質強化に向けて即戦力募集」なる謎求人を出す寸前までいったり(人事部)、「安心と信頼の証。県内有数のブラック企業」なるキラーフレーズが公式ホームページ上で踊る寸前までいったり(企画部)などした。これらの社内テロ行為はそれぞれ決裁の際に社長から「あのさーあまり黒字をアッピールするとロクデナシしか来ないよー」→却下。「いいんだけどさーうちブラックじゃなくて今期レッドじゃないのーアカウンタビリティ大丈夫なの」→却下、という具合に未然に防がれた。一件落着。


 って安堵していると問題発生。問題はいつも我が営業部になにかと敵対する企画部が起こす。企画部(全員60代)とは、彼らが社長の親族コンサルタントと懇意になり社長の後光をバックグラウンドにいちいち無茶難題をぶつけてくるようになって以来の社内ライバル関係。「家庭向け一般向けにとらわれているのは営業部の怠慢だ」「新しい市場を開拓することが急務と社長も仰っているよ」と今は亡き部長をそそのかし、家庭用海苔やフリカケ(おかか)の軍事への転用を考案、結果、僕は基地問題で揺れていた微妙なあの時期に米軍キャンプや自衛隊駐屯地に飛び込み営業を敢行、フォレスト・ウィテカー似の兵隊にガンを飛ばされ両手を挙げ恐慌状態に陥るなどの精神的苦痛を受けるなどした。絶対許さない。


 その鬼畜企画部が今度は社長をそそのかしブラック戦略会議が開かれることになったのは今月頭。戦略会議とは幅広い意見を吸い上げたいという社長の意向により社長お気に入りのメンバーのみで構成された諮問機関で(僕他一名以外60代)、現在、社内には同じメンバーで構成された12〜13の戦略会議が存在している。


 薄暗い会議室に集められた僕が最も驚いたのはブラック企業をアピールしていくという社長の方針転換ではなく、一連のプレゼンテーションがOHP(オーバーヘッドプロジェクター)で行われたことだった。


オーバーヘッドプロジェクタは、非常に明るい光源と冷却ファンを内蔵した箱の上部に、レンズが付属した装置である。さらにその上にアームが伸びていて、光を反射してスクリーンに投影する。
表示するために、OHPシートをレンズの上に置く。光源の光はOHPシートを透過し、反射鏡に集まり、スクリーンにOHPシートの内容が表示される。話者が投影内容を指示をしたい場合、話者はOHPシートを直接指示することができ、聴衆はスクリーン上の話者指示を見ることができる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%98%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%82%BF


 「今回のコンセプトはプライド&バスト・インブラック企業です」企画部のバカの声の後でしんと沈む会議室に響くOHPシートを差し込むシュッッという20世紀サウンドとどこか首長竜を想わせるOHPに刻まれた寄贈(会長名)昭和59年の刻印が僕をひどく悲しくさせた。顔を上げると「プライド&バスト。ブラック企業である誇りを胸に」という文字列があって説明によればホームページの改訂プランだという。戸惑う僕を嘲笑うようにシュッッ。新卒リクルート特設ページの説明に移っていった。


 「社長メッセージ」という文字の下にシュッッという音とともに画像が差し込まれるアナログぶりに落涙寸前。シュッッ。「創業以来半世紀…」シュッッ「ブラック企業であり続けることは」シュッッ「お客様からの信頼の塊…そして未来へ」シュッッ「わが社はあなたたちの顔に応じた役職を用意しています」シュッッ「係長?」シュッッ「課長?」シュッッ「社長?」シュッッ「すべてあなたの顔次第」シュッッ「恵まれたクリエイティブな環境で存分に力を発揮してみませんか?」シュッッ「私たちからのお願いです」シュッッ「わたしたちと共にわが社のブラックを推し進めてください」シュッッ「湘南ドリーム。魅力的な環境」シュッッ「劣悪な環境ではいい仕事はできない。それは半世紀前からのわが社の一貫したポリシーです」シュッッ「創業者の遺言です」シュッッ「わが社は残業代を払ったことがありません」シュッッ「なぜか?」シュッッ「残業がないからです」


 …いろいろ言いたいことはあったが一番気になったのは社長の画像が別人物のものだったことだ。訊ねると「社長の安全のため。リスクマネジメントを知らないのかね。それに新卒の人間が社長の真偽を見抜けるかね?」と企画部のバカの自信満々さが僕のヤッテヤンゾ気力を削いでいく。画像、白人だったけどね。もうね。それでも我慢できずに、「そもそもブラック企業というものは黒字企業というもんじゃないですよ。インターネットで調べてみてください」と言うと会議室に持ち込んだパソコンで誰かさんが誰かさんが誰かさんが見つけた。企画部の誰かが口を開いた。「今、インターネットでざっとブラック企業について検索してみたよ」「どうですか?」「思った通りだよ。有名衣料チェーンの○○○○や居酒屋チェーンの○○の名が出てきたよ。すべて名をなしているわが社が目標とすべき一流企業だ」老害め。ただただ絶句。


 社長が追い討ちをかけた。「ナイスブレスト。これからも皆にはブラック企業に勤めているという誇りを全社員に周知して厳しい業務、不可能寸前なノルマに当たるよう指導してもらいたい。苦しいときは半世紀ブラックであり続けた先輩方を思い出し、そしてこの苦難は会社ではなく時代と国が悪いことを忘れないように」と訓辞した。社長は企画部の連中にこのプランをホームページにあげるにはいくらかかるかと質問し「数十万」回答に対して否の返事をするとこのOHPを活用してリーズナブルに宣伝活動をするよう厳命した。僕には見えた。米軍キャンプの傍らに設置された巨大スクリーンに対してOHPが光を放ち、僕の額の中心で照準用ポインタの光点が輝く暗い近未来が。


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