Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

送別会がありました。


 送別会のお知らせが回ってくるときの気分は、面白い。辞める人が誰であれ、残される人の少し寂しい気分と、辞めていく人自身の晴れやかな表情が、ひどく、対照的なものですから。今回退職なさるのは、ええそうです、有望と評判の若手社員の腹田さんです。「ゆとり世代」の腹田さんは辞意を明かす際に、こんなふうに、仰いました。

 「夏休みが1回しかないなんて信じられないっす。フレックスじゃないのも希望と違うし。仕事も8時間きっちりあるなんて無理っすよ。社員食堂がないってのも、自分にはちょっとネー、ぶっちゃけ自分のケーザイ超やばくて、車のローンがあるからメシ代そんなに出せないんすよ。仕事も、しょっちゅう電話とか鳴って忙しいじゃないすか。ま、いろいろあるけれど、端的に言うと自分の場所じゃなかったみたいです、ここ。もう嫌なんすよ」。


 そんなナンバーワンよりオンリーワンの(世の人がこれを『ゆとり』と呼んで微笑むそうですが)、理由で辞めていくものですから、静かにフェイダウェイしていくものだと思っていました。たった五ヶ月しか在職していなかったわけですし。ところがこのやうに私のもとに送別会のお知らせが回ってきています。もっとも、自己都合を会社都合にしてほしいと人事部に懇願している姿を見たときは、ふっと、「あいつ最後に何かやりそうじゃね?」と私の脳裏に嫌な黒い影がよぎったことは、間違えようのない事実ですが、送別会、まさか、ウッソー、というのが私の正直な感想です。


 送別会の回覧を読みすすめていくうちに、私は、慄いてしまい、あっ、と大きな声をあげてしまいました。グラデエションを多用したフォントで書かれた題字には「俺、このたび退職することになりましたよ?」とあります。残る社員を挑発するかのような言い回しとクエスチョンマーク。そういえば、彼は、よく、周囲に「いつまで、ここで燻ってんスカー」と言っていたのを思い出しました。そして、その、挑戦的な文句の下に辞めていく彼の、満面の笑みで万歳をする写真が掲載されてました。15年の会社生活において、送別会の回覧で、このような写真が掲載されるのを見たのは初めてのことです。写真に被せてあった、「fれえdおm」という文字列が何を意味しているのかは、ついに、わかりませんでした。


 なにより私が驚かされたのは、彼自身が、この自分自身の送別会を企画立案し、幹事として動いていることでした。この、送別会の案内も然り。案内を社内に回覧するのも然り。料金も、彼のオンリーワンの個性に合わせて細かく設定されていて、たとえば、一見、男女別年齢別の料金設定になっているようですが、よく審査すると、男女年齢別の料金設定に加えて、彼と交友関係のあった人たちだけ、千円安く設定されており、これだけでももやもやとしてなんとも形容しがたい雲が心に沸いてくるのですが、加えて、ケチな話かもしれませんが、企画立案幹事の彼自身は当然、無料。思わず、また、大きな声で、オンリーワンとは怖いなあ、と言ってしまいました。


 気乗りせぬまま、料金(私はもっとも高い金額を請求されました)を徴収しにきた彼に渋々紙幣を渡していると、彼はこう言いました。「フミコ課長。今夜の送別会で課長にふるんで、俺への惜別の言葉をお願いします。俺の活躍したエピソードと俺に期待するような言葉をいれて、そうっすねー、あんま長いとダレるんでー、メリハリつけて、40秒にまとめる感じで、お願いします」。こういってはいけないのでしょうが、彼に対する惜別の思いなど微塵もございませんので、正直悩んでしまいました。


 送別会が始まりました。若者がよく利用するような安い居酒屋でした。飲み放題付きで2980円。幹事様 残暑下の激辛チゲ鍋 美味しうございました。酒の魔法とでもいうのでしょうか、ひとたび、気心の知れた間柄で飲んでしまいますと、さまざまな懸念、疑念、猜疑心、わだかまりなど消えてしまうものです。たのしい時間はああああっというまに流れていくものです。時間は押していくものです。彼が私に話をふりました。私は立ち上がります。午後、頭をひねり出して考えた惜別の言葉を頭の中で繰り返しながら立ち上がります。彼は言いました。「課長、時間も押しているし、超盛り上がってるんで、プランBでお願いします」。プランBとは寝耳に水です。なんのことか当惑していると、彼は続けます。「プランBっすよ。ノリが悪いナア。5秒でお願いしまっす」。5秒。瞬きとざわめきのあいだに私の挨拶は終わりました。


 送別会は、彼に花と品物を贈って終わりました。彼の挨拶は、こんなたくさんの人に集まってもらって、めちゃくちゃ嬉しいっす、というひとことでした。それに、幹事の役割として当たり前なのですが、贈答の花と品物も辞めていく彼自身が用意していたあたりがナンバーワンよりオンリーワンゆとり世代なのかもしれません。…つーかゆとり超えてますよね。翌日、部長(62)が、知らぬ間に店と交渉していたのでしょう、この、送別会の料金を、交際費で落としていたことが、私を何より落胆させました。団塊世代が最強、ナンバーワンなのかもしれません。


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