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Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

妻に「やらないか」と言ってみた。

 オリオン座流星群の影響で宇宙パワーが高まった僕は、大いなるものに突き動かされるようにして有史以来絶賛レス状態にある妻を誘っていた。ダメ元である。ちなみに僕らのレスは、一回もいたしたことがない完璧に美しいものだ。

 

「無理です」リビングの健康ソファに座り、算盤から目を離すことなく即答する妻。妻は最近、ボケ防止のために算盤をはじめている。拒否される理由が見当たらないので即座に女の子の日と推定。デリケートな話題だ。言葉を選ばねばならぬ。頭ではわかっているものの、あの日来たことの名前を僕らはまだ知らない。仕方なく、テレを隠すように英語で「ユー、メンス?」と訊くと「ノー、メンス」。

 
 妻は固辞の理由を「意味がないから」とした。納得いかない。「意味って何だ?確かに金にはならないよ。しかし金にならないのを理由としていたさないのは、いかにもマネー資本主義に毒されすぎてやしないかね」詰め寄る僕に対して、「キミ、種ナシ君じゃないですか」と切り返すように僕の欠陥を鋭く突く妻、そのまま言葉を続ける。やめてー。
 
 「キミはお金に反映しない価値観を大事にしろと仰いますが、死んだ種を畑に蒔く農民がおりますか?」心に響く『防人の詩』。山は死にますか、種は死にますか、愛は死にますか、心は死にますか。信奉する里山資本主義までもが否定され、人称が一時的に変わるほど動揺する俺。俺は種なし君だけでなく青いお薬がないとダメ男だったりもする。
 
 妻は、妊活に繋がらない行為は無駄という。なんて極端で、過激で、悲しい思想だろうか。妻は「私は騙されました」と不穏なことを言いはじめた。僕は機先を制するように「騙してないぞ。不能は結婚前に伝えてあるじゃないか!」と声をあげた。悲鳴のような声だ。五年前。居酒屋「養老乃瀧」。恥を偲んでの告白《僕、ダメチンなんだ》《強く生きて》。
 
 「そちらではなく」と前置きしてから妻は「まさかタネなしとは…そこまで不出来な人とまでは想像がおよびませんでした…」といった。「僕もまさか自分が種なし男とは思いませんでした~」心の底から申し訳ないと思った。アパムは僕らに弾を持ってきてくれなかった。
 
「でも…夫婦ってそういう繋がりがなくてもダイジョブだと思います」健気な妻に涙が出そうになる。「そういってくれると僕は救われるよ」妻は僕がこの生を終えるまで忘れぬであろう愛の言葉を紡いだ。「私はキミが役に立たないから結婚したんですよ」《立たないキミが好き》、僕にはそう、聞こえた。二重の意味で昇天するかと思った。続けて「しなくてすみますから」と聞こえたのは幻聴だろう。50時間超のサービス残業で疲労困憊だからね。
 
 妻はしたくないと言う。僕の欠陥が原因だと言う。確かに妊活の観点からみればそれでいいと思う。しかし、夫婦生活の観点からそれは不自然でよろしくないのではないか。改善・向上のためにも原因や理由を明らかにすべきではないのか。たとえそれが僕の加齢臭や、ベッドの上で筋肉バスターをかけたがる僕の癖にあったとしてもだ。自分のどんなイヤな面でも真正面から受け止める覚悟が、僕には、ある。
 
 妻はあっさりとこう言った。「精神的にイヤなんです」《精神的に僕は無理》受け止められませんでした。肉体の話なのにまさか精神で傷つくとは。きっつー。記憶を辿れば理由もわからないまま女性に拒まれ続けた人生だった。A子「フミコ君無理」B子「絶対に無理」C美「冗談でしょ」馬面子「無理。電話切るね」。そっか、精神的に無理な人だったのか。生きてきてごめんなさい。
 
 「僕とは無理」妻は明言した。それは裏返せば他の誰かならオッケーと言っているのと同義なのではないか?僕は今まで僕ら夫婦がお互い傷つくのが怖くて訊けなかったことを妻に訊いた。「キミは一回も誰ともそういうことをしたことがないのか?」「………………………(静寂一分間)…………………ぃ」
 遂に妻が算盤から目を離すことはなかった。
 
  あれから丸1日が経とうとしている。今、僕は長い沈黙のあとの言葉の欠片をどのように解釈すればいいのか頭を抱えている。はたして妻は…。僕には確かめるすべもなく、この、どうにもならない膠着状態を脱するためには、ニッポン放送テレフォン人生相談の力を借りるしかないような気がしている。悶々として今夜も眠れそうにない。
 
 (この文章は昼休みを利用して25分間で書かれたものである)