Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

推定50代独身男性の結婚に対する幻想を完全破壊しようとして遭遇した想定外の事態に心が折れかけました。

先週末、前の職場の同僚と飲みに行った。老夫婦が二人で切り盛りしてるような居酒屋のカウンター席に並んで座った、今、振り返ってもしょうもない酒だった。同僚は僕より年上の男性で、正確な年齢は存じ上げないが、50~65歳くらいだと思う。退職後、派遣会社に登録して働いていたはずだが現在何をしているのか知らない。知りたくもない。だから彼が「俺、今さ…」と切り出そうとしたときは「仕事の話はヤメましょう」といって話を打ち切った。苦楽をともにした、世話になった、という実感はない。仕事ぶりがイマイチな彼のおかげで、苦労するのも、世話をするのも僕の役割だったからだ。ビールを飲みながら彼は言った。「自分は努力してきたが政治家と社会が悪いせいで今のようなていたらくだ」「バブル崩壊後の不安定な雇用状況のせいで収入も少なく貯金もない」「ストレスの多い現代社会のせいで酒もタバコもやめられない」「世の中のせいで婚期を逃してしまった。ねるとん紅鯨団に出てさえいれば…」「医療の発達のせいで寿命が延びてしまった。高齢の両親の面倒を見なければならない」せい、せい、せい。彼の話を僕は生ビールを飲みながら聞き流していた。そんな僕の様子を「SAY YES」つまり肯定的なスタンスと勘違いして調子に乗ったのだろうね、彼はアホなことを言い出した。「あんたのように結婚すれば生活が安定してまだ俺はイケると思うんだよ…」「結婚すればヤル気になると思うんだ。家族を支えるためにさ…」。ビールが不味くなりそうな話。仕事も貯金もないのに、結婚って正気か。支える家族ならもういるじゃないか。しかも要介護で。その甘えた考えの根底にある、結婚サイコーみたいな妄想が、そもそも万死に値する。僕は生ビールで潤した喉で彼に彼の知らない結婚の真実を伝えた。「結婚は万能じゃないっすよ。それほどいいものでもない。僕なんて妻から汚物扱いされてますからね。独り身の方がずっといいこともある。なぜ『結婚っていいなあ』と言う人間が多いって?そう思い込まないとやっていられないからですよ。まあ、ウチは基本的な考えは一致しているから安泰ですけど。おかげ様で。特に、生まれ変わったら絶対違うパートナーを選ぶって点では考えが完全に一致してますから…」結婚のマイナス面を強調し、結婚を知らない彼の幻想を破壊するつもりだった。僕の思いは裏切られる。彼が、実は30年前に妻とは別れたんですよ、と告白したのだ。驚いた僕が元奥様の現状を訊くと、彼は、壁に掛けてあるビール会社の水着ギャルのポスターをまぶしそうに見つめながら、もういないんですよ、と呟くように言った。もういないんですよ。知らなかった、ではすまされない。僕はすみませんといってジョッキを掲げた。彼も僕にあわせてジョッキを掲げながら「死んだってことにしないと、離婚を妻のせいにできませんから…」と言った。今、なんと?詰め寄ると彼の浪費癖が原因で一年で離婚に至ったらしいが、そこまで浪費した覚えがないから自分の非を認めたくない、という謎理屈で元奥様は死んだことにしているらしい。うそーん。きっつー。彼に拠れば、今の冴えない現状はすべて他人のせい。仕事も、生活も、離婚も。そんな都合のいい甘ちゃんな考えはここで断ち切らなければならない。彼を真人間に矯正するためではなく、鬱屈した彼が社会に対して復讐しないようにするために。僕がその復讐に巻き込まれないために。僕は言わないように我慢していたことを彼に伝えた。「あなたのために言いますけどね」と前置きしてから、あなたが仕事、生活、家庭、人生のあらゆる場面でパッとしないのは社会のせいじゃなく、ひたすらあなた自身の無責任と努力不足によるものだ、と。世の中は不条理で不公平ではないのは否定できない事実だけれど、その不条理さと不公平さは、程度の差こそあれ、誰もが被っているものなのだと僕は思う。いささかマッチョな考え方になってしまうけれど、この不完全な世の中で、社会が、政治が、時代が、つって他人に不満を募らせているだけの人間は、自分の人生を生きずに生を終えてしまうのではないか。哀しいけど、この世は、自分のためだけに存在しているわけではないのだから。彼は無言だった。僕の話に、何か思うところがあったのかもしれないが、十中八九、理解出来ずに言い返せなかっただけだろう。彼は「責任を持てと言いましたね」と言った。少し震えていたかもしれない。「言ったよ」「自分のためにと言いましたよね」「言ったよ」「今の職場で管理職なんですよね。じゃあ責任をもって私の人生のために手を貸してくださいよ」日本の国語教育の弊害だろうね、僕には彼が何を言おうとしているのかわからなかった。戸惑う僕に彼の無慈悲な言葉が襲いかかった。「じゃあ、私を雇ってください」「断る!」速攻で断った。「どうして!」「だって仕事出来ないじゃん。自分の居場所を守るだけで必死なのにあなたのような危険因子を抱えるのはごめんです」「冷血!」彼には、僕のいないところで、人がどこまで他人に依存して生きられるのか、人類の可能性を切り開いてもらいたい。彼とは退職後に何回も会っている。毎回同じようなしょぼい話ばかりしている。そしてそのしょぼさは加速度的に増している。こうなることはわかっていたことではないか、弱いものイジメではないか、という僕に対する批判もあるだろう。僕だって彼には会いたくなかった。だが3万円を返してもらうまでは仕方がなかった。今回無事に返してもらえたので彼とは金輪際。やったー、これでニンテンドースイッチが買えるぞー。(所要時間26分)