街で綺麗な女性を見たときに胸の奥から沸いてくる或る思いは、人間が太陽系外へ飛ばした探査機を見つけた地球外生命体が抱くそれに近いのではないだろうか。少しでも想像力のある人なら、程度や頻度の差はあれど僕や地球外生命体と同様の思いをしたことがあるのではないだろうか。今、僕はJR藤沢駅南口のミスタードーナツの二階にいる。僕はそんな想いで身体中を鎖で縛られたような感覚のなかで読めない英字新聞をテーブルに広げ、ノートパソコンを叩いている。擬装だ。実際の僕は窓際に座る女子高生三人組を見つめている。慎重に、悟られないように、スナイプ。そして、或る想いに打ちのめされる。それは悲しみに近い。
僕が生まれた70年代にアメリカが打ち上げた惑星探査機の幾つかは太陽系の外へと飛び出していった。ボイジャー、パイオニア。なかでも交信が途絶え運用が終わったパイオニア10号、広大な宇宙空間を航行する彼の孤独を思わずにいられない。スイングバイで秒速十数キロの速度で飛んでいる彼はオールト雲の彼方で何を見るのだろうか。たったひとり誰にも告げずに。そして、パイオニア10号には地球外生命へのメッセージが搭載されている。
窓際に座る女子高生たちの明るい声を僕は口から吸い込んでいる。深く。先々の細胞へ行き渡るようにして。難しい顔をして英字新聞を読んでいる。擬装は続いている。彼女たちは僕を見ない。見えない。ミスタードーナツの宇宙で僕は孤独だ。パイオニアに積まれたメッセージ。裸の男女の絵は身体的特徴を示している。男性には陰茎、女性には乳房が描かれている。これは差異だ。僕は女子高生との差異ではなく共通項を探したい。「コノ生命体ト我々ノ共通項ハナンダ?」メッセージを受け取った地球外生命体もそう考えるのではないだろうか。
街の綺麗な女性との共通項。手足には男女間で筋肉量の違いがある。朝のミスタードーナツで僕は再発見する。それはやはりお尻の穴だ。アナルに男女なし。それから温くなったコーヒーを一口飲んで、軽く目をとじて気持ちを柔らかな月の海に軟着陸させた僕は、古代人が月の裏側を想像したように女性のお尻の穴を想う。目の前にいる三人の女子高生のお尻の穴を想う。綺麗な子も、そうでない子もいるのだろう。僕はそこまで考えて思わず両手で頭を抱えてしまう。お顔が綺麗な女性の、綺麗でないお尻の穴を見たとき、僕に何が出来るのだろう、何が言えるだろう。何も出来ないし、何も言えない。僕は口を閉ざされた宇宙空間を飛び続け孤独な探査機と変わらない。頭をあげると女子高生たちはいなくなっていた。僕は祈っていた。どれほどアナルが汚くても泣かないで生きていって欲しい、そしてその張りのある若いオッパイを出来るだけどうか保って欲しい、どうか、どうか、と。
パイオニア10号はアルデバランの方向へ移動を続けているが、もしアルデバランに到着するとしても約200万年かかると予測されている。また、打ち上げから約30年間に渡ってデータの送信が確認されたが、2003年1月22日の信号を最後に受信は途絶えた。 (パイオニア10号-Wikipedia)
「なぜ、人類のメッセージに対する回答が来ないのだろう?」子供のころから不思議でならなかったけれど、大人になってようやくわかってきた。地球外生命体は絶望したのだ。地球外生命体は夢を見出せなかったのだ。人類からのメッセージに。「パイオニアを発見した地球外生命体はメッセージを記した金属板を発見し、その高度な技術力によって即座に解読した。そして人類との共通項《汚いアナル》を発見した。彼らは人類に対する興味を失い報復としてパイオニアのパラボラアンテナを破壊した。2003年春先のことだ」。
女性の性器は実際の通りには描かれておらず恥丘のみが描かれている。この理由については、元々この銘板を完成するための時間があまりなかったため、性器をあまり詳細に描写すると金属板の設置自体をNASAから却下されるかもしれないと考えたセーガンが安全のために妥協した、と言われている (Fletcher, 2001)。しかし、マーク・ウォルバートンのより詳しい説明によると、元々のデザインでは「女性の外陰部を表す短い線」が描かれていた (Wolverton, 2004)。この線は NASA の宇宙科学部長・主任研究者であったジョン・ノーグルによって、金属板を搭載することを認める代わりの条件として消去されたという。(パイオニア探査機の金属板-Wikipedia)
「恥丘のみが描かれている」。やれやれ。こんなことをしているようじゃ駄目だ地球人。僕はこの絵から愛とパッションを感じることが出来ない。汚いアナルと広大な宇宙空間を乗り越えられるエロスとハードコアを。今こそ「エロトピア」を。この宇宙には「エロトピア」がまだまだ必要だ。僕は綺麗な女性を見かけたときに襲われるいつもの悲しみを鞄に押し込め、ミスタードーナツの一階へと重力に引かれるようにして降りていった。