Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

新・私の異常なお見合い または私は如何にして焼肉デートのあとインポを克服するために赤ちゃんプレイをするに至ったか


 インポを告白して断ったはずのお見合い相手とは泥沼、インポはコンティニュー、相手の母親から「婿殿の茶碗も用意してありますよオホホ」「初孫は男の子がいいわウフフ」、実の母親から「もうあんたに先はないんだからさっさと決めちゃいなさい、このインポ息子!」などと心ない言葉を連日頂戴するような四面楚歌で、普段は大海原のように穏やかな僕の精神も降参し荒んでいた。この週末は自分を見つめ直し心の平穏を取り戻そうと、酒を飲み飲み木材から仏像を削りだし、仏画を描いていた。不安が襲ってくるとドアを開け「くわっ」と目を見開き酒の肴のピーナッツを「鬼は外、福はうち」と一心不乱に虚空へ投げつけて平静を取り戻した。


 


 そんな静かな時間は一通のメールによっていとも容易く破られてしまう。ジーザスクライスト!サノバビッチ!土足でお庭に入ってこないで。お花畑を踏み荒らさないで。「ヤフオクで武器が売れたので焼肉を食べるのですうー ノッピー☆」ノッピー☆とは先日お見合いしたシノさんがコスプレの際に使う名称だ。シノさんは戦国マニア西軍派趣味コスプレ。武器?意味がわからない。「武器とはなんですか?」「槍ですう」武器の種類じゃなくてですね、そのね、あのね、現代において武器を持つ意味というか意義というやつエトセトラをですね、うっう、送信、受信、あうあう、送信、受信、パケットの流れのなかで恐慌した僕は知らないうちに禅問答を繰り広げていた。


 「槍とはなんですか」「槍とは槍以上でも槍以下でもありません」「槍の本質とは如何に?」「槍とは刺して人を殺傷する武器です」「なぜ槍…」「オヤカタサマー!」ひぃー!メールを打っている途中にメール送りつけるのするの反則だっつーの。「オヤカタサマー!平和ボケですかもしかして」。僕のほうがおかしいのか。静かに槍ブームが起こっているのか。ノンノとか巣鴨あたりで。「これが槍ですうー」。追い打ちをかけるように送られてきたメールには畳の上に寝かされた槍の画像が添付されていた。槍は知っているんだよ、実際に使ったことはないけどさ。


 で、数時間後にシノさんのトヨタ・ヴィッツがやってきて僕は助手席に乗り込む。リクエストに応えて仏像を持って。「最近は仏像をつくることに夢中なんだよねー」なんて大人の男らしい趣味について語ったら目を輝かせて「今度連れて来てください」とか言う。助手席で缶ビールを飲んでいると以前泥酔して送ってもらったときにぼんやり流れていた音楽がカーステから流れている。ズンダー♪ダータ♪「こ、この音楽はやっぱりアレですか?」「もちろん『スーパー歌舞伎』ですう!最高ですう!萌えー!」両手で万歳をするコスプレ女、揺れるヴィッツ。ふらふら国道134号線の白線を越えていく。「ウワー!」ハ、ハンドルを握って!「オヤカタサマが死を恐れるなんておかしいですう」後部座席に乗せてくれ。


 場末の焼肉屋に到着。僕は仏像を小脇に抱えて車を降りる。彼女は後部座席から楽器ケース(ビオラ)を引っ張り出してきた。僕は本能で悟る。このケースに突っ込みをいれては駄目だ。テーブル席についてとりあえずビール。「話すこともないから静かに食べましょう」「キター!ホントに謙信みたい」「えーなんですかそれ」「上杉の本陣は戦のときにシーンと静まり返っていたのですう」あーそうですか。じゅーじゅー肉を焼き、グビグビとビール。「その子の名前はなんて言うのですか?」僕の横に置いてある仏像を指差して彼女が言うので適当に「ディルド君です」と応えた。「さすが軍神ですう。器が大きい」ハア?生ビール追加。「意味わからないのですが」「切支丹まで軍勢にいるなんて…オヤカタサマー!」それからシノさんはとりつかれたように「切支丹萌え萌え」とつぶやいていた。ディルド=洗礼名。うう。


 「今日は大事な話がありますうー」そういうとシノさんは楽器ケースをパカっと開けた。中からは楽器ではなく小さな子供がでてきた。「ワー人だー!」「落ち着くのですうー」よく見ると精巧に出来た人形だった。「な、なにこれー?」「わたしたちの子供ですうー」シノさんはこういう人形を多数所持していて朝・晩と着替えをさせ外出の際は泣く泣く狭く暗い楽器ケースに入れてお出かけをするらしい。生ビール追加。「ど、どういうこと?」「インポが治るまでこの子を子供だと思って二人で可愛がるのですうー」えー!生ビール追加。


 「さーオヤカタさまにパジャマに着替えさせてもらいましょうね」「ちょ、ちょっとそれは」タダ酒を飲んでいる僕に拒否権はなかった。ベロベロに酔っ払った僕は人形の服を着替えさせ「パパが着替えさせまちたよーどうでちゅかー?」。ヤケクソ。「パパ…キミはやっとその気になってくれましたね」しまった。一生の不覚。生ビール追加。「オヤカタサマーこの子はもう寝んねの時間ですうー」僕はシノさんの声をかき消すように何かに救いを求めるように注文ブザーを押し続けた。ピンポーンピンポーンピンポーン。「パパがうるさくて寝れないでちゅよねー」


 仏像を抱えた僕と楽器ケースを抱えたシノさんは店を出た。まだ少し明るい西の空を眺めながら彼女は言った。「関が原が呼んでいる…」もう限界だ。はっきり断ろう。「ちょっと時間あるかな。大事な話があるんだ」と僕が言うと「今日はダメですうー」と彼女。「えー!なんで?」「八時から大切な『天地人』があるから帰りますうー今度はオウチに遊びに来るですうー」「…そうでちゅね…」。今、僕は催促メールに追われながら、子供の名前を考えているところだ。で、「今度は関が原で戦国武将に一緒に萌えるのですうー」なんて意味不明なことをさらりとメールで言えちゃうのがノッピー☆