Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

無垢な部下と無情な部長の信じがたい悲惨の物語.

 部長の頭のなかには花が咲いている!部長の頭皮で白くチラチラと輝いていた光の粒は会社の女の子のシカメ面を誘発するフケではなく白い花びら。部長の頭のなかで白い花は咲き誇っていて、時おり、迷子になった花びらが頭皮から湧き出てきているのだ。白いお花畑はタンポポだろうか、水仙だろうか。


 なぜみんな気付かないのだろう?夏の初め、「侵入禁止の標識があってもバックで乗り入れれば違反にならない」と強固で、間違った信念に基づいた部長が、バックオ〜ラ〜イって一歩通行の道をバック走行で逆走して、その信念に殉じ、警察に切符を切られて帰ってきて「あの警官は新人で交通ルールがわかってない…あの青二才が生まれる前から俺は道を歩いているんだ…」と呟いているのをみて、僕は部長の頭のなかのお花畑に気がついた。


 今朝だって昨夜のパチンコで勝った喜びを部長は爆発させて「CR及川奈央のフルーツスキャンダルで勝った。今日も及川奈央で勝つぞ」「俺は及川奈央と相性がばっちりだ!」と元AV女優の名前を大声で連呼していた。「及川奈央を知っているか?」と訊かれた僕がどういう顔をしていいかわからず曖昧に笑うと、部長は「白い歯を見せる男は勝負に徹しきれない。お前は及川奈央で勝てない…」と言った。オフィスにいた同僚たちに「及川奈央を知っているか…?」と聞きまわる部長の迷惑な姿は「俺の名前を言ってみろ…」と因縁をつけるジャギと重なってみえた。そんな今朝も幸せな部長の頭からは白い花弁がはらはらと落ちていた。なぜみんな気付かないのだろう?


 今日、会議があった。「これは非常に重要かつ早急なテーマだ」と言って部長が切り出した議題はその馬鹿馬鹿しさで僕を打ちのめした。会議は午後七時に部長の思いつきで突然始まった。急遽集められたメンバーは思春期の娘が親に対してするような《この!親に向かってなんて顔するんだ》的険しさを顔に貼り付けていた。重苦しい空気の姿を借りた何かが天井から降りてきた気がした僕は、その何かがわからないまま、何かから逃れるようにノートの端に落書きを始めた。コロ助ドラえもん。ブタゴリラ。F先生のキャラクターはいつだって僕を救ってくれる道標ナリよ。


 「これで決まりだな」。僕がノートにしずかちゃんの入浴シーンを九割九分九厘描き終え、やれやれ乳首をどう描こうと悩み始めたときに部長の声がした。部長の声は鶴光師匠のそれと似た響きがあった。どうやら終わったらしい。議題に対して不相応にしか思えないほど長い時間をかけて一応の結論は導き出して会議は終わっていた。僕には部長のいう、重要かつ早急な、という言葉の意味がわからず、ただ馬鹿馬鹿しい会議が終わってほっとしていた。いつも結論が出ないで終わる会議が一応結論に達したのは大きな進歩かもしれない。


 会議は《駐車場の席替え》がテーマだった。部長が車を停めている場所は直射日光が当たり、サボってパチンコ屋に行く際に車内が灼熱地獄になっていて大変都合がよろしくない、不遇だ、不憫だ、というわけで急遽会議がおこなわれたのだった。二時間に迫る会議を経て、部長は希望どおり雑居ビルに隣接した一日中陽の当たらない場所に車を停めることになった。おや、待てよ…。すべてが終わったあとで部長が切り出した。もうすぐ冬だ。空気は冷え日照時間は短くなるな…ということは陽があたる場所のほうが都合がいい…。俺は常に先を読み、先手を打つ…。


 こうして二時間に迫る会議を経て導き出された決定事項は部長の気まぐれで反故にされた。ああ、部長の頭のなかには花が咲いている!頭蓋骨をぎっしりと埋め尽くす白い花、僕は気がついた。あれは水仙の花だ。水仙の花言葉、「うぬぼれ」「自己愛」「エゴイズム」。部長にぴったりじゃないか。