Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

私の異常なお見合い・雌伏篇 または私は如何にして謎の預言者のインチキを暴き人々を救い出したか


 大船観音の足元にあるファミレスで宗教家ハナゲーノフ(仮名)の鼻を穴があくほど凝視していた。左側の鼻の穴からは少しだけ、右側の穴からは豪快に毛が飛び出していた。《野郎、右利きだ…》。「FBI心理分析官」をブックオフで購入熟読記憶し、《趣味》の欄に「日曜プロファイリング」と記入する資格を得た僕は、冷静に男の利き腕を見極め、ぼくたち(わたしたち)は今日旅立ちます(たびだちまーす)って小学校の卒業式、クラスの代表として呼びかけをおこなって以来の真剣さを発揮して右の耳から左の耳へ男の話を聞き流していた。


 僕の心ここにあらずに気がついたハナゲーノフが言う。「話聴いてますか?」「すみません今一瞬だけ意識がGスポットにはまってました」「冗談がお好きな方だ…」。僕はマジで話を聞かずにシャロンのオッパイを想っていた。「ヘルタスケルター」を聴いて「おおこれ天啓!」と自分勝手に思い込んだ馬鹿に殺された美しき哀しきシャロン・テート。シャロンのオッパイを失ったポランスキーが幼いナスターシャ・キンスキーのオッパイにちょっかいを出したのもいまだにポランスキーが猥褻で拘束されるのも全部馬鹿の所為だ。馬鹿を暴発させたヘルタスケルターを演ったジョンが馬鹿に殺されたのだって馬鹿にかかれば『CIAによる暗殺』なんだろうなマジこえーよ馬鹿スパイラル。


 ハナゲーノフ曰く、「シュメールの円筒印章にはなんと!ベンベン!…金星が描かれていないのです」。オッサンがファミレスでベンベンは見苦しいなあとしか言いようがない。「はあ。シュメール。円筒印章。金星」と僕が漠然と単語を繰り返すと「さすが鋭い。では金星のあるべきところに惑星ニビルとティアマットが描かれている理由も当然ご存知ですよね」とハナゲーノフは阿呆のように肩をすくめて続ける。当然意味がわからないので、ニビル、ティアマット、リピートすると「さすがよくご存知で」と話をやめようとしない。大丈夫かこいつ…僕は耐え切れなくなり店員を呼んだ。とりあえず生ビール!



 話は前日に遡る。バイアグラを紛失し失意の酒をガブガブ飲んでいたらシノさんのママから電話。シノさんは僕のお見合いした相手で、戦国武将好き西軍派、最近は「天地人」が終わってしまうことに枕を濡らす25歳推定Cカップスザンヌ似、あるときはコスプレイヤー、ノッピー☆。ママさんは慌てた口調で言った。「ムコドノー!シノが怪しげな宗教に入ってしまいました〜」ムコじゃねえし。「落ち着いてお母さん」「とうとう私をお母さんと呼んでくれ…」「それはいーから!」


 要するにシノさんが怪しげな人々と付き合っていて心配だ。助けに行きたいが一人では心細いし亭主は酒ばかり飲んでいるアル中で役に立たないから僕になんとかしてほしいということらしい。つーかこっちもアル中だって。しかもインポ。EDって呼ぶのがトレンディ。「あの…お母さん…僕もアル中なのですが…」と断ろうとしても「もうお母さんと言うのが板についてきたわねオホホ」と言って聞く耳を持たないので笑うしかなくなって僕もオホホ。オホホオホホホホー。不毛なオホホ競争を終えるとなぜか僕がシノさんを連れ戻すことになっていて、いろいろあってハナゲーノフと会うことになったのでございます。ま、これを機に「はい、シノさんを持ってきましたが僕は精神的にダメージを負ってしまいました。もう僕は意識不明の重体だ。もうあなた方とは付き合えない」ってブチ切れればシノさん一家と縁が切れるかもしれないし。 


 大きな黒色のリボンを頭に乗せてシノさんがやってきた。僕は「話がややこしくなると長引くのでシノさんは黙っていてください」と言って傍らに座らせた。シノさんがブーブーいうのは無視。にしても。なんつうかハナゲーノフがみすぼらしくて闘争心が沸き立たない。なにそのジャージにサンダル、コーディネート。仇役にはスターウォーズの皇帝みたいに指先の凶悪電動バイブで信心深く大人しいJKをインチキ神殿で責めまくっている悪の構図がないと空気銃《ニューナンブ》をブリーフに挟んで乗り込んできた僕が馬鹿みたいじゃないか。


 鼻毛皇帝ハナゲーノフの話ふたたび。「近い将来、地球人類DNAに封印された光子体スイッチが入り12星座上に六角形を描きダビデの…」…まったくわからない。喉が渇く。中ジョッキ追加。「あの…すみません。意味が…」「そうですかそうですかじゃあわかりやすく説明しますね。実は地球からは見えないのですが太陽の逆側に双子惑星クラリオンがあります」「ありませんよ。それに太陽の逆側にあるくらいで発見できないなんてありえないでしょう」「NASAが情報を隠しているから皆さんは知らないだけです。クラリオンは地球とまったく同じ生態系を持った双子惑星です」「だから〜」。ジャージサンダル鼻毛・イン・ファミレス=説得力ゼロ


 「ま、いいや話続けてください」「近い将来にフォトンベルトに地球が再突入してサムシンググレートが起きて甚大な被害が出ます」「それはいつですか。定期預金解約しなくちゃいけないから教えてください」「3年後です」「な、なんだって〜どれくらいの被害が出るのですか?キバヤシ」もうヤケクソ。「キバヤシ?そうですね被害は少なく見積もっても…」「見積もっても…」「一兆人…」。こいつは強力すぎる…馬鹿だ。って呆れていると「こわいですうー」とシノさん真剣。あの、僕たちの宇宙船地球号は何人乗りですか?中ジョッキ追加。


 「ですからわたしたちはプラズマ宇宙船をつくってクラリオンへ避難するのです」「えー!そんな技術と資金があるんですか!」「タイムウエーブ・ゼロ理論で時間が止まれば技術的な問題はクリアされます。資金は有志からのカンパで4千万円ほどあれば…」。四千万で足りるのか。「時間止めるほうが難しいんじゃ…」と言ってみてもハナゲーノフは聞く耳を持たなかった。「プラズマ宇宙船には牛や豚などの動物をつがいで乗せます。農作物も積みます。人間代表として私と私の弟が乗り込みます」「本気ですか?」「私たちはノアの方舟に乗って新人類の礎になるのです」とハナゲーノフは感極まって涙ぐんでる。アホだ馬鹿だ。「病院に行かれたほうが…」「舟の名前は…」「だから病院へ…」「《メシア》です」「病院…」「太陽神よ…」。噛み合わない会話。助けてくれ。中ジョッキ追加。


 涙ぐむハナゲーノフに「なんで人間はつがいじゃないのですかあ?」とシノさんが訊いた。そりゃそうだわ。どう返すのだろう?と興味深々で見物していると…「うっ…」つって絶句してるしハナゲーノフおいおい浅いよ。「わかったね、シノさん。この人は自分が救われることしか考えていない。もうこんな人と関わっちゃいけないよ。じゃ、俺ら行くから。クラリオンまでグッドラック」と言って僕とシノさんはファミレスを出た。


 シノさんにどうしてあのシューキョーっぽい人たちと会うようになったのか尋ねたら「戦国武将は占星術を兵法として活用していたんですよ」だって。わかったようなわからないような感じだけどシノさんを救い出せて僕自身はホッっとしていた。僕はシノさんが運転するヴィッツのなかでハナゲーノフの箸を持つ手が左手だったことに軽いショックを受けて缶ビールぐびぐび。「占星術は兵法ですうーオヤカタサマー!」。ヴィッツの車内に響きわたるシノさんのアニメ声、プライスレス。