Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

妻とキャバクラにいきました。

 妻とキャバクラに行った。なぜそのようなことになったのかというと、学費を稼ぐためにキャバクラで必死に働いている女の子を支援したい、そんな僕のピュアな気持ち、義侠心が溢れ出てしまったからだ。溢れかたがマズかった。午後七時の閑散としたオフィス、人目も憚らずデルのパソコンを寺社に見立て「キャバクラに行きたい。キャバクラでやりのこしたことがある…」と声を出し祈念する僕の後ろに妻。


 妻は今月から同じ会社で働く同僚。不審感を隠さない妻を誤魔化すため、「若い世代を支えるのは僕たち大人の務めだ」「義務だ」「絆だ」「僕は今年は支援していないから地獄に墜ちる」という調子で習性で営業トークを連発しているうちに、妻のなかでキャバクラへの興味が勃興してしまい、遂に同伴することになった次第である。悲しいけど俺営業なのよね。「出陣じゃー」と意気揚々な妻の後ろについていく僕の足の重いこと重いこと。


 先月の三度にわたるキャバクラ遊び。気に入ったキャバクラ嬢への執拗な同伴・アフターの勧誘、特上カルビ。これらが妻に露見することを想像するだけでおそろしく、足が重くなっていく。先月のあの夜。僕は得意先の社長と接待でいやいや飲んでいたことになっている。


 いざ、キャバクラ。店の前に妻同伴で赴くと、顔なじみの男性スタッフが声をかけてきた。僕は見逃さなかった。声をかける直前に彼が、躊躇するような、それでいて全てを悟ったような顔をして小さく頷いたのを。彼が客商売のうえで身につけた「人を見る目」が、そういった挙動を為させていたように見えた。眼力というやつだ。頼りになる。彼はいつもなら「今日はどのコにしますか?」と言うところをその眼力で洞察して変更し「はじめての方でも、さっ、どうぞどうぞ、明るく清潔なお店ですよ。まずは体験入店からっ。衣装も貸すよっ」と的外れな言葉を繰り出してきた。眼力のない客商売は滅亡する。悲しい現実だ。


 薄暗い店に入り、エスコートされるまま奥のほうへ。「きゃ〜課長〜」「待ってたんだから〜」。いつものギャル声は聞こえなかった。キャバ嬢たちは僕と妻が歩く脇に影のように声もなく立っていた。殿様が正室を連れて大奥を闊歩しているようなものである。もちろんバカ殿だ。


 席につく。男性スタッフが、ご指名は?ミキティですか?などと事情をわきまえないことを訊いてくるので、僕が目じりを引き攣らせるように動かすと、あっ、というような表情をして固まってしまった。先月の来店がバレてしまうだろがアホめ。すると妻が「あの子がいいです〜」と指名。指名したのはアッキーナであった。


 「お飲み物は何にしますかぁ」アッキーナが言う。アッキーナは、顔は市原悦子似で、ボディーはセクシーといえばセクシー、ドラム缶といえばドラム缶、サービスも可もなく不可もなく付加もなく、といった微妙な立ち位置にいるキャバ嬢である。昼間は女子大生らしい。【カワイイは正義】を信条とする妻がなぜアッキーナを指名したのか、後に僕は驚かされることになる。


 「とりあえず生ビール」「ウーロンハイ、ショーチュー極限まで抜きで!」僕と妻がオーダーをするとアッキーナが「女の子にも飲み物いいですかぁ」とか言ってくる。ここで甘い顔をするから高くつくのだ。可愛い嬢には旅をさせるが可愛くない嬢に旅をさせる理由はない。聞こえないふりをしてやり過ごしていると妻が勝手に「ドーゾー!」。えーっ、僕のマネーだっつーの!


 「え〜、いいんですかぁ?あたし晴れ女なんですよお。何にしようかなあ…カロリーが少なくて〜甘いのって〜」とイラっとする様子でアッキーナが酒を選びはじめる。イラっとして「よくないよくない」と断る僕に「ビシャモンテンは【敵に塩を送る】ですうー。アッキーナは困ってますうー」といって妻が断固として譲らない。「わかったよ…塩ね、塩。それなら…」。妻には勝てない。数分後、テーブルには生ビール、ウーロンハイショーチュー抜き、ソルティードッグが並んでいた。


「かんぱーい」「あたし、男の人の気持ちいい飲みっぷり好きー」。楽しいなあ。中ジョッキ追加。大人しく飲んで帰ろう。今夜はそれでいい。「ムハー谷間ー!」と妻が大騒ぎして「奥さんカワイイー!」とドラム缶が反響する。こんな異常だが平和な時間もたまにはいいじゃないか…


 つってリラックスしていると時々鋭くなる妻がアッキーナに「オヤカタサマーはこのお店には結構来ているのですか?」なんて質問をしたりするから気が抜けない。聞こえないふりをして保健所の犬のような気持ちで様子を伺っていると「そうですねェ。先月はさん…」とかアッキーナがポロリしそうになる、僕は先月のあの日とあの日は接待で飲んだことになっているのだよ白歴史では、掘り返してはならない黒歴史をっ。僕は咄嗟に白目を剥き口に含んでいた飲料をこぼして舌を出し「山海塾!」と大きな声を出すなどして気をひいて難を逃れた。


 妻がトイレに立った。大か、小か。大ならば、アッキーナをはじめとする店サイドに状況を詳細に説明し口裏をあわせることができるが、小ならばその余裕はない。はじめて妻の大を祈った。小でした。?早い。早すぎるよ。手は洗ったのだろうか。


 すかさずアッキーナがおかえりなさーい、といって胸の谷間から出したホカホカのおしぼりを妻にわたす。なんだこの異常な光景は。戸惑う僕の前で妻がアッキーナに胸触っていいですかーつって胸に触れている。…これが…女子会。こうも簡単にキャバクラが落ちるとはな…。茫然自失になっているとスタッフが延長の有無をきいてきた。僕にはまだ帰れる場所がある、こんなにうれしいことは無い。渡りに舟とばかりに延長を拒否しようとすると、妻がこの世の終わりのような醒めた目で僕を睨んでいるので、エンチョー。まだだ。まだ終わらんよ。中ジョッキ追加。


 ただの居酒屋だと思うことにした。妻とアッキーナの会話を聞きながら、ただ、飲む。「奥さん趣味は?」「城ですー」「超偶然、私も城にはまっちゃって〜」嘘だろ。中ジョッキ追加。「アッキーナの好きな城は」「えー恥ずかしいー。奥さんのレコメン城は?」「恥ずかしいですー。それなら、せーので一緒に答えましょー」「せーの」「せーの」「熊本城!」「銀杏城(熊本城の別名)!」「キャー!」。奴ら…シンクロしやがった。「黒くて大きな…」「天守閣!」「そりかえっている…」「武者返し!」。妻とキャバ嬢、二人の卒業式の掛け合いのような、それでいて無駄にエロいやり取りが続いた。


 そこに僕はいなかった。僕はビールを飲みながら二人が「黒くて」「大きくて」「そりかえっている」ものについて語っているのを、傍観者として眺めていることしかできなかった。


「バイバーイ」。キャバ嬢たちに見送られて店を出た。僕が一度として成しえていないアフターに、はじめてキャバクラに行った妻が成功するのを目の当たりにしたのは辛かった。僕が苦労して収集したキャバ嬢たちの本メールアドレスもいつの間にか入手。妻のアフターは認めなかった。こうして僕が落とせなかった夜の城は妻によってあっけなく落とされたのである。認めたくないものだな自分のバカさゆえのタニマチというやつを。


 帰り道。妻がアッキーナを指名した理由を教えてくれた。「ああいうプニっとした赤ちゃんが欲しいなあって思ったのですう〜」。妻には敵わない。

 今宵はここまでに致しとうござりまする。


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