僕は給食会社の営業部長。金融機関からやってきた会社上層部は、何年経っても給食や給食業界の知識がゼロのままである。業界知識と業界常識が皆無なので、会議などでわからないことがあると「何それ何それ」と質問を繰り返して進行の邪魔をする等々、業務に支障が出ることもしばしばである。放置してきたわけではない。注意喚起の意図をもって、なぜ給食や業界のことを学ばないのか質問したことがある。すると彼らは「あえて学ばないのだ。業界に染まらないほうが自由な発想で経営判断ができるから」と答えた。僕は、彼らは引退までの地位をゲットしたいだけなんだなーと諦めた。期待しなければ裏切られることもない。ところが、今年に入ってから、どういう風の吹き回しか会社上層部の一人が給食について学ぶ姿勢を見せ始めた。感無量だ。
現場視察をしているうちに、給食に興味を持ったようだ。特に厨房にある業務用食器洗浄機に感銘を受けた模様。新幹線を見た幼児が「チンカンセンすごーい」と感動を伝えるように、「業務用はハイパワーですごい。ブシャーっとやって終わってしまうんだ」と熱く語ってきた。現場で何百時間も業務用食器洗浄機と格闘してきた僕にこいつ…いまさら…何を…と思ったけれども、学びの芽を摘み取ってしまうのも可哀そうなので、ガチャンでピカピカになっていいですよねー、と話を合わせた。当該上層部はピュアな笑みを浮かべていた。太古、猿がはじめて道具を使ったとき、きっとこんな顔を浮かべたのではないだろうか。手遅れかつ間違っているが、上層部の1人が給食に興味を持ったのは良い兆候と思った僕は甘かったのである。
先日、部長級以上出席の部門長会議に続いて事業所運営会議が開催された。両会議のメンバーは同じかつ議題も同じである。その席上で、業務用食器洗浄機に魅せられた会社上層部が挙手をして資料を配布した。資料は、全事業所の食器洗浄機のリストでタイプと性能が記載されていた。各事業所の規模と人員も記載。食洗器に魅せられた男が何をするつもりなのか見当もつかない。会議室がざわつく。食洗器に魅せられた男は、「これが当社の食器洗浄機の全てです。よく見てください。小規模事業所なのに高性能な食洗器が設置されていたり、大規模な事業所に旧型が設置されていたりしています。食器洗浄機の入れ替えを実施して最適化することによって効率がアップして労務費の削減が可能です…」と言った。突然の提案に静まり返る会議室。食洗器ラブ男は、食洗器で労務費の削減ができます、と繰り返した。僕は天を見上げた。そこには蛍光灯があるばかりで神は見当たらない。給食では一般的に厨房施設は客先のものである。つまりウチの都合で勝手に機器を移動できないのだ。食洗器ラブ男は給食を知らない。悲しかった。会議室に重い空気が立ち込めた。
社長が「この資料の作成にどれだけかかったのかね」と質問した。笑顔で。誰もが「こんなくだらないことにどれだけ時間を使っているのだバカ者め」という皮肉だとわかった。食洗器ラブ男当人をのぞいて。「足を棒にして二週間ほどかかりました」。社長は「そうか。棒か」と棒読みでひとこと。怖すぎ。食洗器ラブ男もそのひとことですべてを悟った。食洗器ラブ男と目が合ってしまった。それから僕は社長とも目が合ってしまう。両者がなんとかしろと目で言っている。きっつー。
僕は「食洗機を体系的にまとめたのは会社設立上初めてですよ。素晴らしい」と擁護した。苦しい。だが僕は鎌倉武士の末裔。あえて武士の情けをかけたのである。そして食洗機の移動については別の機会に僕と計画しましょうといって会議からフェードアウトさせることに成功した。僕は普段は対立する食洗機ラブ男を失脚の危機から救ったのだ。なぜか。会議の終盤に僕が提出する案に賛同する味方が欲しかったからである。最近、大薮春彦先生の「野獣死すべし」「蘇える金狼」を読み、会社生活の最後に上層部を退けての成り上がりをやってみたいと考えるようになった。大藪作品では上司を使い捨ての道具にするシーンが繰り返される。食洗器ラブ男を使い捨て上司一号にしようと咄嗟に思いついたのだ。なお、大藪作品では上司のセクシーな愛人を奪って使い捨てるけど、当社会社上層部は甲斐性がないため全くモテない。本当に役に立たない連中だ。
食洗器ラブ男は恩義を感じているはずだ。そして僕はとある案を提案した。会社内で社長派専務派どちらとも距離を置いているいわば中間派の僕が存在感を持つためには何人かの賛同者が必要だ。年齢の近い二人が賛同してくれた。食洗器ラブ男はなんと、真っ先に反対を表明して、かつ反対派の尖兵となって「そんなことができるのか」「本来の仕事をせずに無駄なことばかりして」と非難してきた。お前が言うか。甘かった。利用できる人間かどうか見極めができていなかった。大藪作品の主人公は利用できない者は速攻で額に穴をあけていた。食洗器ラブ男は道具になれない男だったのだ。大藪作品の主人公への道は遠い。
食洗機ラブ男は現場の問題に対応するとき必ず「食器洗浄機はどうなっている!」と奇声をあげるモンスターになった。鬱陶しいかぎりだ。業界や仕事の知識がない上司と、ちょっとだけかじった知識を持っている上司、どちらがいいのだろうか。それは固すぎるクソと下痢便のどちらを支持するかという究極の選択だろう。上司の扱いはむずかしい。間違った育成で無能な上司を有害な上司にメガシンカさせないように気をつけたいところである。(所要時間30分)
