Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

入社8ヵ月で管理職になった僕が半年かけて断行した会社改革を全部話す。

今年の4月、「新しい風を入れてくれ」とボスに言われ入社8ヵ月で食品会社の営業部長になった。ホワイトな環境下で、健全で平均以上の能力をもった同僚と、気分よく仕事が出来ている。だが、大卒後ずっとブラック環境で働き続けてきた僕には、彼らの「仕事嬉しい!楽しい!大好き!」なスタンスは長所でもあるが弱点にもなりかねないように見えてならなかった。それならば、ブラック環境を生き抜いた経験を活かして彼らの力を最大限に発揮できる組織に変えてみようと考えた…とは社内的な建前で、本音は、出来るだけ楽に仕事をしたいだけである。仕事ってそういうものだ。 

部長になった前後に書いた記事。

労働条件の改善(固定残業代について/時短勤務の導入)

労働条件を改善するためにやったこと全部話す。 - Everything you've ever Dreamed

方針の策定(『営業に携わる時間をつくり小さい目標をチームでクリアしていく』)

入社8カ月で管理職になるためにやったこと全部話す。 - Everything you've ever Dreamed

 これらは環境の整備であり、準備段階。ボスからは新しい営業チームをつくって欲しいといわれており、数値目標を達成できる営業チームと仕組みを早急につくることを求められていた。『営業主体の商品開発』『無駄な営業活動の廃止』をスローガンに掲げた。この二つは、まったく別のものであるようで、密接に関係している。 

①4月/まあ、これも環境整備の追加になるのだが、会議や打合せを終了時刻事前申告制にした。結論が出なくてもヤメる。打ち切る。ダラダラした会議や打合せが見受けられ、あたかもそれをやることが仕事だと考えているようなフシが見受けられたからだ。調査のため、僕も会議や打合せに出席してみてテーマに関わりのないトークの多さに驚いた。数字で示さないと納得させられないので計測もした。すると1時間で平均15分弱程度はテーマと関係のない話をしていた。「営業の仕事とは?」「辞めた人間が今何しているか?」のような「仕事のようで仕事ではないそれでいて仕事をしているかのような気持ちよさ」を得られる無駄なトークが原因。

営業という仕事は、営業に関わる時間の量で結果が変わってくる。会議の時間を出来るだけ短縮させることが営業にかかわる時間につながると考え、打合せや会議をする際は原則「終了時間事前申告制」とした(最長45分間)。結論が出なくても強制終了させた。当初はうまくいかなかったけれども、実行していくにつれ、短くなった会議や打合せ中に結論を出すため、各自、入念な準備をするようになった。無駄な会議や打合せもなくなり、夏からは営業部だけでなく全ての部署で導入されている。

 ②7月/3名の優秀な営業マンの退職をプラスにとらえて営業支援ツールを刷新した。以前ここでも書いたが7月に3名の優秀なベテラン営業マン、通称「黒い三連星」が退職した。退職の理由は「僕のやり方に付いていけないから」だそうだが、ご本人たちより正確に記述するなら「付いていきたくない」からだろう。目標達成は厳しくなったけれども、僕は「新しいやり方を進めやすくなる」とポジティブにとらえた。個を否定してチーム制で取り組むような体制に移行していたので、彼らが考えているほど損害が出ないとも計算もしていた。

他の業界ではどう呼ぶのかしらないが、僕のいる業界では営業マンが同業他社にうつるときに「お土産」といって得意先や案件を持っていくことが多く、前の会社のときは辞めていく人間のお土産の多さで見通しを立てるのが困難なくらいだった。「俺の仕事」「自分の仕事」といういわば仕事を個でやってしまうことの弊害。僕はそういうのをなくすために(完全には無理だけど)チーム制を敷いたのだ。黒い三連星は予想通りお土産をもって同業他社への移籍をするようだったので、お土産候補の得意先やクライアントに出向いて、チームで担当しているので黒い三連星が退職しても今までと同様のサービスが可能であること、特典とサービスを付けることをアッピールするなどのお土産対策をした。「ふたたび彼が辞めるときにはまた彼に付いて行かれるのですか?継続的な長いビジネスをしましょうよ」という僕のセリフに効果があったか知らないがお土産対策、防衛戦は現時点で完全に勝利。黒い三連星には踏み台になっていただいて本当に申し訳ない。

 だが3名退職で穴が空いたのは事実である。欠員補充についてはボスからも対策を講じるよう求められたがあえて補充しないことにした。僕は人間を信用しない。そんな僕が7月にブラブラしてる人間が優秀な営業マンであるとはとても信じられるわけがない。それにいい人材かどうかは入れてみないとわからない。「採用、試用期間、うーんイマイチ」の繰り返しはウチのような規模の会社では致命傷になってしまう。

それなら現有戦力を底上げして戦い抜く作戦を採ることにした。底上げといっても現有の営業部員たちの能力が、突然向上するようなことはないので、彼らの事務作業の軽減と行動管理の徹底で効率的に稼働させるようにした。具体的には3人辞めて浮いた予算で営業支援ツールを導入した(営業日報は無駄なのですでに廃止済み)。営業部員各自が毎日どの時間にどのエリアにいてどれだけの顧客にどれだけの時間を割いているかを管理して、部全体での営業活動をサポートするツールで、少ない戦力を今まで以上に有効に活用できるようになった。とりわけ管理者である僕の仕事が楽になった。やったー。

 ③3月~5月中旬/僕は昨夏に自分を売り込んで今の会社に入った。そのとき僕が掲げたのは「営業主体の商品開発」である。完全にハッタリだったのだけど、入社したから僕のハッタリはあながち間違っていなかったと知ることになった。僕が入社したとき営業部はなかった。それぞれの事業部に営業部門がある組織だった。まあ、そういう組織体制が完全に悪いわけではないし、メリットもあるけれども僕にはデメリットの大きさが目についた。つまり売る側目線で「売りたいもの」「作りやすいサービス」を商品にしていた。これを僕は買う側目線から「買いたいもの」「欲しいもの」を商品にしなければ売上は伸びないと考えた。大きな原因のひとつに事業部付営業部門の問題があると考え、年始からボスにかけあって営業部を独立させた(その流れで、僕が部長になった)。

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営業マン=お客さんサイドの意見を商品・サービス開発に活かす、これまでの仕事の流れを逆にするためには営業部を独立させるしかないと思ったのだ。。(付箋イラスト参照 上段と下段で矢印が逆になっている。)

「え?何で?」「変えなきゃいけないの?」「クレームないよね?」抵抗は大きかった。そりゃそうだ。いきなり下にいた営業部門が対等の関係で要求をだしてくるのだから。それに「問題がないからオッケー」という捉えかたを変えるのはなかなか難しい。僕は新参者で会社に対する愛着はゼロなのでこれらの声を気にすることなく組織を変えることができた。「商品開発の流れを変えた!」というと大げさだが、今のところ営業部門からのリクエストで商品に反映させたのは、ロット単位を変えるとかパッケージ変更という些細なことだけだ。中身も生産工程も大幅に変えずに商品によっては数倍の売上を記録したものもあったので効果はあった。これからはお客目線のいろいろな商品やサービスが生まれてくるはずだ。売りやすいと営業が楽でいい。

 ④6月~7月/営業とは、かける時間が結果に直結すると信じて疑わないけれども、「営業は足で稼ぐ」は前時代的とも考えている。特にローラー営業は無駄な達成感だけしかない。営業は顧客に会ってナンボ。アポの数があって、商品・サービスの魅力があって、成約に至る。その母数はあくまでアポの数であり、アポに至らない外回りは無駄撃ちにすぎない。僕は20年営業という仕事をしていてそのうち15年くらいは足で稼ぐ、きっつー、な営業スタイルを強いられてきたのでこれ以上無駄なことはしたくない。無駄足人生もうイヤ。てっとり早くアポを取って、商品やサービスをどう提案に組み込むかという提案営業に時間と労力を注ぐような働きかたをしたいとずっと考えてきた。

そこで、この夏から営業を外注することにした。営業外注といってもアポ取り業務の外注である。もっと早い段階で外注したかったけれども、営業外注は万能ではなく、売れる商品とサービスがあってこその道具だと経験から知っていたので、営業主体の商品開発体制のメドが立つまでは控えていたのだ。アポの数が増えても、お客目線の商品がなければ、意味がないのだ。冒頭に掲げた『営業主体の商品開発』『無駄な営業活動の廃止』、一見、関係性のない二つの目標はここで繋がってくる。営業外注は上層部からの反発が強かった。「それじゃ営業がやることがなくなるだろ」的な。営業は足で稼ぐという前時代からの神話を僕は、外回り営業、ローラー営業の低い成約率を提示して、数字で破壊していった。そんな簡単な検証すらしていないことに驚いてしまったが。営業部の皆も、その能力を商品開発と提案営業に傾けてくれて楽しそうに働いているように見える。仕事が楽しいというのは楽をしたいだけの僕には理解できないけれども。

 まとめ的なものを書くと、9月末半期終えた時点で売上は対予算130%弱を達成している(利益は企業秘密なので言えない)。そのほとんどを暑かった7月からの3ヵ月間で稼いだ。仕事の体制が整ってからだ。つまり仕事とは仕組み次第なのだ。まあ、ボスのバックアップもあったし、前任者や会社組織が古いままだったり、うまくいったのはラッキーだったから。もし、僕が他の人より優れている点があるなら、「うまくいかなかったらヤメればいい」という軽いスタンスと、シビアなブラック環境を生き抜くために身に付けた猜疑心だろう。いいかえれば、人ではなくその人の仕事を信用するという姿勢だ。

目下の僕の仕事は部下の業務管理と新しい仕事アイデアを考案・採用し、トライしていくこと。これからもホワイトな会社をブラックな感性で良い方向に活性化させて、自分のようなブラック精神が染みついた人間を生まないようにしながら、早期リタイアまでテケトーに頑張っていきたい。(所要時間48分)

「大学は役に立たないからヤメろ」論の圧倒的な説得力。

拙タイムラインが「大学辞めろ」というツイートとその関連で大変盛り上がっていた。他人が大学を出ようが辞めようがどうでもいいし、「大学は出た方がいいよ!」「そんなことを言うのは無責任だ」というつもりもない。実際、大学を出ていなくても立派に生きている人もいるからだ。ただ、僕の経験から言わせていただくと、世の中には大学を出ている出ていないを気にする人間が相当数いるのもこれまた事実だ。昨年、僕は無職状態からの転職活動をしていたのだが、その際、すでに40代も半ばになっている僕の学歴について質問をしてきた企業は実際に何社かあったからだ。「一流大学出身なのに働いていないのですか」「ちょwww法学部卒で駐車場の切符切りですか…ぷぷぷ」誇張していえばそんな言われ方もされた。きっつー。まあ仕方ないよね。事実だから。大学、法学部を出たことが今の僕の仕事(営業部長職)に役だっているかといわれたら、ほとんどゼロだ。営業職でその知識を使えるシーンといえば契約書・覚書の作成と商法の知識くらいだろうか。ただ、それらも定型が決まっていたりノウハウが固められていたりして実践で何とかなるレベルだ。つまり大学や院の専攻に直結した職業に就かないかぎり、大学で学んだことが直接仕事に役立つことはそれほどないといえる。だから大学から社会に出て仕事の仕方がわからず、心が折れてしまう人が出てくるのだろう。元のツイートに遡ると、「大学を辞めるor辞めない」「会社員orフリーランス」の二者択一にしているのが香ばしい。良く言えば「決断」になるのだろうけど、そんな二者択一で割り切れるほど人生は単純ではないのではないか。たとえば大学をいったん辞めて別の大学に入ったり、会社員という立場を維持しつつフリーランス的な働き方をしている人もいる。これからはそういう働き方が主流になっていくのではないか。自由とは雑な二者択一で縛られるものでははない。僕も営業部長として働く一方でライターとして働いている。二者択一に人生を割り切っている人は、豊かな経験からそういう提示をしていると僕は信じているし、そういう方の提示する二者択一は説得力がある。それこそが「決断」と呼べるものなのだ。まさか社会人経験がさほどないのに他人様に大学辞めろ…とかないよね。繰り返しになるが、僕は他人が大学を出ようが出まいがどうでもいいと思っている。大学を出たことで今の仕事上で大きなアドバンテージもない。ただ、社会という人間関係で生きていくうえで、今後役に立ちうる可能性はゼロではないとだけいっておく。実際、僕には意味があるとは思えないけど大卒を条件にしている企業や試験もあるわけで、大学を辞めることはその可能性を一旦消すことになるのだ。ここまでお読みの方ならお気づきだと思うが僕、フミコフミオは「大学辞めろ」論を明確に否定できていない。なぜか?「大学辞めろ」論には中身はないが圧倒的な説得力があるからだ。残念ながら僕はその説得力にはひれ伏すしかない。「大学辞めろ」論をツイートしているあの御仁やかの女史が大学を卒業しているのにあの程度のことしか言えていないこと、僕がこの程度の文章しか書けないこと、それら確固たる事実が「大学辞めろ」=「大学は無意味」を圧倒的に証明してしまっているのだ。白旗あげるしかないよ。(所要時間10分)

部下が事故を起こしました。

先日、部下が仕事中に事故を起こした。その部下は50代前半の温厚な男性で仕事ぶりは真面目、数か月前、「生活に困窮しているので待遇を改善してほしい」と申し入れてきたのが記憶に新しい。

世間はそれをワークライフバランスと呼ぶんだぜ - Everything you've ever Dreamed

そのとき僕は、「『生活が苦しい』という理由で給与をあげるのは無理」とはっきりと断ったのだ。僕が評価するのはあなたの生活苦ではなくあなたの仕事だけだ、と。事故はいわゆる自爆事故というやつだ。住宅地の狭い路地でバックしてるときに車をコンクリート壁に擦ってしまったらしい(壁は無傷)。僕への報告は遅かった。外出先から社に戻った僕のもとへ総務課長が飛んできて事故の発生を知らされた。「規則で事故が起きたら真っ先に総務へ連絡となっているので、直属の上司の僕への連絡はそのあとだろう…」と高をくくっていたら、いつになっても鳴らない電話。

総務課長に事故発生場所を尋ねると、わからないんですよ…とワンダーな回答。わからないとはどういうことか、ふたたび尋ねると、連絡をもらったときには現場を離れてしまっていたとのこと。「じゃあ被害状況は…」「本人はこすっただけと言ってます」。多少イラつきながら本人を待っていると、深刻を申告するような沈痛な表情で帰ってきた。デスクにカバンを置き、持ってきた缶コーヒーを一口飲んでから僕の席に歩いてきた。眉間に皺を寄せて彼の報告を待っていると僕のデスクの前で90度ターンを決めて社長のデスクへ歩いていき、すみませんでした…と謝罪するのが聞こえた。僕への報告はどうなっているの!と叫びたい気持ちを押し殺して待っているとふたたび僕の方へ。今度こそと眉間に皺を寄せていると、こんどは、僕のデスクの手前で、アッと声をあげて総務部へ方向転換して歩いていった。報告だろうか。

皺を寄せて待っていると、事故報告書を手に彼は戻ってきた。そのまま僕への報告なしに彼はご自分の席についた。僕の熱視線に気付くと彼は僕のもとにやってきて「すみません!総務と社長には連絡済みです」と軽い感じで言った。もしボスに謝るのなら、僕への報告を済ませてから、僕が連れだっていくものではないか。じゃあ、社長のところ行こうか…つって。それがこの扱い。軽んじられている気がしたので、僕は「事故報告書をすぐに書いて持ってきたまえ」と重厚な調子で言った。アホくさと笑うことなかれ、サラリーマンは面子で生きているのだ。

事故報告書とスマホで状況を車体を撮影した画像を持った彼が僕のところにやってきた。擦っただけ、という日本語の解釈に悩んでしまった。なぜなら車体左後部がベコっと凹んでいたからである。「事故発生現場」の欄に「不明」というワンダーな記載、「事故発生状況」の欄には簡単な図を記すことになっているけれども、中島みゆきの歌のように縦と横の線で十字が描かれているのみの、たとえば学校とか病院というように目印になるものが一切ない、状況を説明する気持ちが希薄なきわめて粗末な図、それらに頭を抱えてしまった。事故現場の写真もなかった。

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「これじゃ何が起こったのか全然わからないよ」と文句をいうと、彼は、うーん、と事故を起こしてしまった私も苦悩してますとアッピールするような音を口から出した。きっつー。「だいたい何で現場からすぐに離れたのですか?本当に壁にぶつかっただけですか?」「あとこれは擦ったとはいいませよね?」と詰問すると、彼は、ふたたび、うーん、と言って沈黙。

場所不明。状況不明。とても上にあげられるような報告書ではない。仕方なく、現場に行って確認することにした。「まもなく定時なんですけど」という日本語が聞こえたような気がした。出張続きで疲れているらしい。現場に人型のチョークが引かれていたらどうしようという不安を抱えながら現場へ向かったけれど、そんな不安は杞憂に終わった。なぜなら、一時間ほど車で捜索したものの、事故の場所は特定できなかったからだ。「報告どうすんだよ…」という不満よりも、現場に赴く彼の運転が気になった。下手、ではなく、間違っている。オートマ車の場合、右足ひとつでアクセルとブレーキの両方を操作するはずだが、彼は左足でブレーキ、右足でアクセルというふうに両足を駆使して運転していた。運動神経が優れている人ならかまわないが、彼はひいき目に見ても運動神経の存在を感じない。右足と左足を同時に踏み込む瞬間があるらしく、発進がぎこちなかった。彼に指摘すると、うーん、しか反応がなかったので報告書に「こいつ運転ヤバいっす」と付記するしかない。

会社に帰ってきてから事故原因と思われるものを報告書に書かせた。「運転技量の不足」「睡眠不足」「確認不足」僕はそういうものを期待していたが、そこには「生活苦」とひとこと書かれていた。その真意を尋ねると、「以前ご相談したように息子の学費や親の入院で生活が厳しくてお金のこととばかり考えています。給与を上げてもらわないとまた事故を起こしてしまうかもしれません…」と独自のワークライフバランス論を唱えだしたので「場合によっては今回の事故にかかった分のいくぶんかは負担してもらうことになるかもしれない…」とお灸を据えて話を打ち切った。彼は僕が会社に来る前に何回か事故っているベテランらしく処遇をよく存じ上げているようで反応はなかった。あるいは据えられたお灸に気づいていないだけか…。僕は事故発生状況不明の報告書を、ボスにどう説明すればいいのか、悩んでいる。現在、午前0時。連休明けの部長会議が憂鬱でならない。うーん。(所要時間28分)

我が家のトイレに神様はいませんでした。

帰り道、遮断機越しにウンコの話をすれば誰とでも友達になれる気がした。学校や新幹線のトイレで躊躇なく排便できるようになるたびに、ワンランク上の人間になれた気がした。だから「私はウンチしないよ!」と80年代女性アイドルのごとき発言を繰り返す妻が、どのように人間関係を築き、何をもって人間として向上しているのか、僕には見当もつかない。結婚8年目、いまだに僕は、妻が排便した確固たる証拠、「便器の汚れ」や「鼻を突くきっつーな異臭」を確認できていない。一度として。仮に8年ものあいだ溜めこんでいるのなら見た目はほぼ「ウンコマン」になるはずだが、外見的に排便的な要素は一ミリも見受けられない。排便の証拠ナシ、「ウンコマン」、ポリティカル・コレクトネスに配慮した呼び名にすると「ウンコパーソン」への変身も確認できない。これらの状況証拠からみて、妻は自宅ではないどこか約束の場所でなさっている、としか考えられない。納得できないこともある。普通に便座に腰を下ろし、用を足しただけで「トイレを汚すな」と妻から注意されるのがどうしても納得できない。我が家は夫婦で家事を折半しており、トイレ掃除も例外ではない。「テメエで綺麗にした便器を汚して何が悪い!また綺麗にすればいいではないか。アスファルトに咲く花のようにたくましく、トイレは何度でも蘇るさ」とキレていまったら戦争が起こるので、頭のいい僕はしない。便秘気味のとき、気合を入れるために「ハイ!ハイッ!ハイッ!ウ~~~ウンティッド!」とピンクレディの名曲になぞらえて声を張り上げて用を足すときはあり、それをウザがられるのなら納得できる。だがシンプルに「トイレを汚すな」といわれて出来ることってあるか?なるべくトイレを使わないようにすることくらいしか僕は思いつかない。だが、我慢して溜めこみウンコパーソンというヴィランとなり果てタイツ姿のスーパーヒーローに追われる人生は嫌だ。僕は下痢のような柔軟な発想でひとつのトイレにこだわらない生き方を見つけた。自宅でなくていいじゃないか、と。その発想から僕は、ここ数日、大については駅に隣接した商業施設のトイレで済ませるようにしている。都会の死角で家人に気兼ねなく「ハイ!ハイッ!ハイッ!ウ~~~ウンティッド!」と絶叫からのウォシュレット、マジ最高!申し訳ないので、トイレを使わせていただいた折には必ず買い物をするようにしている。シュークリーム。ところてん。焼き鳥。鶏が先か、ウンコが先かの議論はさておき、僕がおんもで排便するだけで地域経済は回り、自宅のトイレは綺麗で、妻は上機嫌。こんなに嬉しいことはない。ウィン=ウンの関係性が出来上がりつつある。今朝、神様のいないトイレで便器をごしごし擦っていて、いささか悲しい気持ちになったけれども、何か大きなこと、文字通り大なのだが、それを成し遂げて喜びを得るためには相応の犠牲を払わなければならない。人生とはそういったつまらないものの積み重ねで、その積み重ねてきた厚みこそが神になるのだ。そして妻がどこでなさっているのかは、紙のみぞ知る。(所要時間15分)

ある個人事業主の死

現在事業展開していないエリアへの進出が決まり、出張が続いている。連日の新幹線移動で腰がきっつー。そこで羽根を伸ばすというか腰を伸ばしたくなり、息抜きも兼ねて、空いた時間を使って前職でお世話になった方に会いに行った。2年ぶり、完全なアポなしである。その方は個人で経営しているいわゆる個人事業主の「厨房屋」、厨房機器業者で僕の知るかぎりどの業者よりもサービスが良かったので重宝していたのだ。気がかりは、前の会社を辞める前年に取り引きを停止してから付き合いがなくなっていたので彼の現状を知らないことであった。店はシャッターが下りていた。隣の商店の人に聞いたら昨年彼は亡くなって、一緒に店をやっていた奥様は子供と暮らすために引っ越したらしい。結果的に彼に引導を渡したのは僕である。そのときすでに70才をこえていた彼を僕が追い詰めたのは間違いない。

十年ほど前のことだ。その時点で厨房屋の彼との取引は数年続いていた。厨房機器を導入する際に他の業者との見積もり合わせをするのだが、いつも彼が一番安かった。はっきりいって安すぎた。僕も業界には長くいるのでその金額では十分な利益を得ていないのはわかった。何回か僕は注意をした。この金額は安すぎるよ、安いのは嬉しいけれどそれで潰れられたらウチも困るんだよ、と。彼は、大丈夫です、1人でやってるから、オタクに切られたら回らなくなっちゃうんで、といい、その後は多少僕に配慮した金額を出すようにはなったけれど、それでも市場と比べれば激安といえる金額を見積もりに載せてきた。彼と取引をしていたのは会社内で僕だけではなかった。ある日、僕が同僚のデスクの上にある彼からの見積書を偶然見つけてしまった。ふと、気になって中身を見て、驚いた。それは中古の業務用冷凍冷蔵庫(4ドアタイプ)の見積書で、配送料・工賃込み。驚いたのは金額。僕がその前月にほぼ同じものを頼んだときの金額と同じような数字が並んでいると期待しながら覗いた、御見積金額の欄には、僕に出してきた金額とはほど遠い数字が並んでいた。市場価格に近い数字。そんなに商売がうまいようには見えないジジイの彼が担当者ごとに価格差をつけるとは思えなかった。僕はイヤな予感がして見積を頼んだ同僚をつかまえて尋ねた。「あそこから貰ってるのか?」同僚は僕に「え?貰ってないの?」と言った。それだけで十分だった。同僚は市場価格に近い見積を彼に出させて、彼から見返りを貰っていた。その見返り分を引いてしまうと、僕に出した金額より低いものになってしまう計算になる…。その同僚だけでなく彼と取引をしていた者は同様の行為をしていた。もちろん規程違反だが、同僚たちは「向こうから言ってきたから仕方なく…」と異口同音にいった。僕は同僚たちに文句を言いながらも「彼ならやりかねないな…」と思っていた。「オタクに切られたら回らなくなっちゃうんで」が悪い方向に出てしまったのだ。同時に、同僚たちに彼を紹介したのは僕だったので少し罪の意識も感じていた。なので同僚たちを密告するぞ、大事にするぞ、解雇になるぞ、と脅し、回収した「見返り」分の金を持って、僕は彼の小さな店に直接赴いて「こういうのは規程違反だから受け入れられない」と話をした。今後一切バック行為はやめてくれ、と。こういうことがあると取引きの見直しを考えなければならなくなるよ、と。彼の、わかりました、の弱弱しい声が妙に記憶に残っている。その数年後、いろいろあって僕は事業本部長という会社のナンバー2になるわけだが、その際に見返りをもらっていた連中はリストラリストに入れた(異動)。

それでも彼は安すぎる見積を出し続けてきた。誤解がないようにいっておくが、僕は薄気味悪い正義をかかげて、彼のために行動していたわけではない。正直な気持ちをいえば、僕も見返りが欲しかった…。なんで僕にもちかけなかったんだよー、絶対バレないようにうまくやるのにー、くっそー、という思いは今もある。僕が彼のために働いたのは、彼が潰れてしまうと一人の勝手のいい、細かいことまでなんでもやってくれる業者を失い、結果的に自分の仕事に跳ね返ってくるのは目に見えていたからにすぎない。そう、使い勝手のいい道具だったのだ、僕にとって彼は。僕がもっとも残酷な使い方をしていた。人間扱いしていなかったのだから。見返りをされなかったのは、僕のそういう部分が見透かされていたからなのかもしれない。

僕が前の会社を辞める前年、社の方針で彼との取引を見直すことになった。会社からは取引業者を減らすようにお達しが出ていた。さまざまな条件があったけれど、経理サイドからの要求で、手書きの請求書の業者は改善、それが出来なければ取引停止という「業務改善」という名の方針が出されたのだ。数十年、手書き請求書でやってきた彼は第一ターゲットになっていた。僕は、彼に会社の方針と考え方を示した。そのうえで手書き請求書を改善してくれれば取引の継続を約束した。子供のパソコンを使ったり、詳しい人に作ってもらったりすればいい、そう僕は簡単に考えていた。彼は違った。個人事業主のプライドなのだろうか。一人で何から何までやらないとダメな人だった。結局、手書き請求書を変えられなかった彼との取引は終わってしまった。「無理ですわ」と笑いながら答えた彼の顔をイヤでも思い出してしまう。

僕の勤めていた会社が一番の得意先だったはずなので、その後、彼は苦労したのは間違いない。会社の方も彼みたいな使い勝手のいい業者を失って余計な労力を使う羽目になった。仕事の最前線にいる人間で得をした人は誰もいなかった。それのどこが業務改善なのだろう?確かに前時代的だけれど手書きの請求書のどこが悪いのか?ぶっちゃけ読めればいいではないか請求書なんて。実際、彼は達筆で読みやすい字を書いていたのだから。例外もあるけれど70才を越えた個人事業主のおっさんにパソコンを使えというのは死刑宣告に等しいときがあるのだ。今も、この国では、業務改善という旗のもとで何人もの高齢の個人事業主が仕事を失っているのではないか。現場がちっとも楽になってもいないのなら何が業務改善なのだろう。はっきりいって無意味。時代の流れだから仕方ない面もあるけれど、どうか、効率化とか業務改善のひとことだけで彼のような個人を切るようなことはしないでほしい。「人間は道具じゃない」と彼を道具として使い後悔している僕は言い切れる。彼は、取引停止のあと、それほど時間が経っていない時期に倒れて亡くなった。いろいろ言いたいことはあるし、後悔や罪の意識もあるけれど、彼が最期まで厨房屋のオヤジとして生を全うできてそれだけは良かったと今は思うしそれだけしか言えない。(所要時間29分)