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Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

ラブホテルをはじめるのはあなた

 5月下旬。また父の命日が巡ってくる。父が自殺したとき僕は18才で、悲しみ、悔しさ、怒り、後悔、そういったものが溶け合わずにごちゃ混ぜになった思いや、生活や将来への不安はもちろんあったけれども、ほとんど音も立てずに排水口に流れていく冷たい水のように消えてしまった父の命の儚さにただ呆然としていた。

 

 あのとき、呆然とするばかりの僕に母が言ってくれた「家を改修してラブホテルでもはじめよう」とくだらない言葉の強さと明るさに、僕がどれだけ照らされ、救われただろうか。言葉は神だと本当に思った。今もその思いは変わらずにいる。当時も今も、父が自ら命を絶ったことについての怒りはない。ほとんど自由に生きられない僕たち人間が、ほとんど唯一自由に出来るのが自分の命ならば、死に方くらい選べたっていい。そう、自分に言い聞かせてきた。

 

 嫌なのは美化することだ。父は遺書を、言葉を何も遺していかなかった。親戚たちは「お父さんはあなたたち家族を心配させまいとして何も遺さなかった」と口々に言った。確かに父はいい人だった。感謝もしている。けれども父本人の思いはどうあれ、父の行為は理由もなく家族を捨てたのと変わらないし、それは非難されても仕方のないことだろう。

 

  意地悪な神、《言葉》に翻弄され、発すべき言葉をすぐに見失ってしまいがちだ。発した言葉が嘘を纏ったり、疑いを招いたりもする。でも18才の僕は思った。恨みでも文句でも悪口でも愚痴でもいい。言葉を遺して欲しかったと。40才になった僕は、より強く、思う。何か言い残して欲しかったと。遺された家族が喪った者との記憶を辿る過程で、終始、探偵のような目をしていなければならないのは疲れてしまうから。

 

 母と電話で墓参りの打ち合わせをした。二十年も経つと私たちくらいね、という母がどこか嬉しそうなのもわかる気がした。母はいつか《忘れられるのも幸せなこと》と言ったこともあった。間もなくあの日と同じ場所をまたこの惑星は通る。夜の静寂のなかで踏切のかんかんという能天気な音が鳴っているのもあの日と変わらない。

 

 母だけが老いた。そんな気がした。70才。父と夫婦として過ごした時間よりも、父を喪ってからの時間の方が長くなってしまった。たかだか太陽の周りを地球が二十回まわっただけなのに。子育てを終えてこれから夫婦でまたというときだったのに。そう思うとやりきれなくなり、僕は、長いこと母に訊けなかったことを訊ねた。

 

 「母さん、ラブホテルの話覚えてる?」「覚えているわよ。でも老人にはもう無理だわよ」と母は笑い、そして僕が死ぬまで忘れないであろう言葉を続けた。「ラブホテルをつくるのはあなたよ」。母のいう、ラブホテルとは、多分、たくましく生きていくための拠り所となる砦みたいなものと、それを支える決意のことだ。そうだ。これからは僕が「ラブホテルをつくろう」といったあの日の母の気持ちを引き継いで生きていく。


 5月。緑が眩しい季節に往来で老夫婦を見かけると、僕は父と母の訪れなかった未来の姿を重ねては、胸を押し潰されそうになる。そんな二十年だった。そんなとき僕は母のあの言葉を思い出しては歩いてこられた。《ラブホテルをつくろう》。でもこれからは。やって来なかった未来の上に、僕と妻の未来を重ねてみるようにしてみようと思う。父が僕で、母が妻だ。訪れなかった、失くした未来を泣くだけではなく、やってくる未来をたぐりよせるために、この残酷で、素晴らしい毎日を乗り越えてやる。ラブホテルをつくるのは僕で、つくれるのは僕だけなのだから。

 

 余談になるが、どうやら言葉は本当に神で、それも底意地の悪い悪戯好きな神であったらしい。母のいうラブホテルと、僕の想っていたそれには若干差異があったようで、信頼できる情報源によると、亡くなった祖父の屋敷のラブホテルへの改修を、母は本気で企てているようである。すべて僕の金で。

 

前編(5年前)→ラブホテルをつくろうと母はいった。

http://delete-all.hatenablog.com/entry/20090528/1243501499

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■「かみプロ」さんでエッセイ連載中。
 「人間だもの。」http://kamipro.com/series/0013/00000