Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

カイゼンとは死ぬことと見つけたり

 僕は食品会社の営業課長。現在、ちょっとした社会問題になっている《外食産業バイト人材不足》の余波を受け、4月頭から営業マンの僕も含めた社員がバイトの穴埋めのために現場ヘルプに入っている。都内某所のホテル内レストラン。朝五時に厨房に入ってのマッシュポテトつくりからはじまり、盛付けからディナーの仕込みの手伝いまでが僕に課せられた仕事。年中無休の現場で、労働が12時間超になることもざらだ。僕は管理職なので残業代はもちろんナッシング。

 

 現時点でバイトは定員6名のところ2名しかいない。都内の私立大学に通う大学生君と、昨年秋に倉庫会社を定年退職した定年さんの2名。4名欠。

 

 なにせ人不足、大学生君が大型連休の頭に突然「ゴールデンウイークだから」という反論不可な理由で休みを取ると言い出し、ざけんなよつっても、契約解除をすれば火の粉がふりかかって大やけどをするのは僕なので、「確かにそうだよね。楽しんできてよ」と言ってはじゃがいもに八つ当たりするしか出来なかった。

 

 定年さんが仕事をしくじるたびに「こういう仕事はじめてなんだよね…」と遠い目をするだけで、まったく反省せず、失敗を繰り返し続けても、大やけどを恐れて契約解除出来ず、「がんばりましょうよ。失敗は成功の母ですから」と今更成長の余地も伸びしろも見込めない65歳を慰めては、じゃがいもに八つ当たりをするしかなかった。

 

 いろいろ文句はあるけれども、彼らには無理をいって所定の時間よりも長い時間働いてもらうこともあるし、そんなとき二人ともイヤな顔をせずに、むしろ笑顔さえ見せて受けてくれたことにどれだけ僕が助けられたことか…言葉にできないでいる。

 

 納得できない、ムカつくこともある。なんとか仕事を円滑に進めようとしてコミュニケーションをとろうと「エヴァって面白いよね」と言ったり、綾波レイの真似をしても大学生からは「俺はギリギリ知ってるからリアクション出来るけど、エヴァなんて、古いっすよ」と冷たくいわれるし、課長であることをネタに「ユニットリーダー」という蔑称で呼ばれたり、メタリカを口ずさみながらポテトを砕く姿を「ポテトマッシャー」と揶揄されたりもした。

 

 もちろん悪いことばかりではない。1日1日をバイトさんを含めた現場のスタッフと共に乗り越えるたびに得られる達成感みたいなものは、人不足もあって、通常より大きなものになっていたはずだ。でもそれは間違っていたんだ。


ある日、大学生君が僕にこう言った。

 

「課長は、本社の正社員なんすから、社員の仕事をしてくださいよ。俺たちの仕事は俺たちに任せて」

 

 彼の言うとおりだ。確かに僕はバイトの穴埋めのポテトマッシャーだけれども、本来は本社の社員スタッフ。バイトの一員であってはいけないのだ。大学生君の目は真剣そのもので、その純粋で、熱を帯びた眼差しに僕は身体を射抜かれるようで、とても恥ずかしくなった。

 

 僕はバイトと一緒になっていてはいけない。現場の人たちと汗を流すのは素晴らしいことだ。大事なことだ。けれども、僕に求められているのは、一歩先に進んだ仕事だ。すなわちそれは、カイゼンだ。整理整頓や工程の見直しによる作業の効率化だ。大学生君と定年さんに所定の労働時間で日々の仕事がおさまるようにカイゼンするのが僕の役目だ。彼らの善意に甘えているばかりではいけないのだ。

 

 僕は忙しさに追われ、現場に入ってしまうと見落としがちになるのは致し方ない面もあるけれど、本社スタッフとしての本分を忘れてしまっていた。どんな業種であれ、マネージメントをするためには現場から一歩引いた目で見ることが大事なのは、そういう理由だからだ。

 

 僕は早速カイゼンにとりかかった。たいしたことではない。僕がやったことは今まで雑然としていた備品や消耗品の置き場所を明確に取り決めたこと。それと狭い厨房内でスタッフが頻繁に移動することは非効率であると同時に危険が伴うので、各自の作業内容を分析して、可能なかぎり移動をしなくていいように作業マニュアルをつくったこと。それだけだ。加えてバイトスタッフには出来るだけ所定の労働時間で上がるように意識付けをした。結果として、だらだらとした残業はなくなり、作業も効率的に行われるようになった。僕のサービス残業と休日出勤は相変わらずだけれども。

 

 カイゼンから一週間が経った。僕は自分の仕事に少し誇りが持てた気がしている。今朝、更衣室兼倉庫の前に通りかかったとき、大学生君の声が聞こえた。

 

「ポテトマッシャーが余計な仕事をしたせいで、予定よりバイト代が稼げなくなったっすよ。夏休みの旅行のカネ稼がなきゃいけないのに」。

 

耳を疑った。それに応じるのは仕事が出来ずに散々庇ってきた定年さんだ。「本当にメーワクだよ。あの人は。飲み屋のツケが払えるかどうか…」。

 

 僕の脳裏に大学生君の言葉が甦った。「社員の仕事をしてくださいよ。俺たちの仕事は俺たちに任せて」…そういうことか。僕の気持ちは見事に裏切られた。何度もかばってきたのに。守ってきたのに。許さん。決めた。こうなったら葉隠だ。血を吐くほど、死ぬほど働かせてボロ雑巾のようにしてから、この場所から追い出してやる。自分の仕事が増えても構うものか。カイゼンとは死ぬことと見つけたりなのである。

 

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■「かみプロ」さんでエッセイ連載中。
 「人間だもの。」http://kamipro.com/series/0013/00000