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Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

猫と電器屋と嘘つきのバラッド

パンケーキみたいな甘い匂いのする小学生の女の子たちのすぐ後ろについて歩いていたら声を掛けられた。「おい。あんた」。

不審者と思われたらしい。不幸中の不幸で、たまたま僕のズボンのチャックは半分ほど開き、ワイシャツの裾が飛び出していた。夕焼けの橙に染まる白いワイシャツ。

声の主は電器屋のおっさんだった。湘南で半世紀も商売してる電器屋の二代目。もう何年もその店で買い物をしていない。電器屋は僕の顔を確認すると話題は天気と災害と景気。お決まりのパターン。彼はここ数年で出来たヤマダ電機やビックカメラといった量販店に客を取られてしまったから商売のやり方を改めたという。《お年寄り向け》にわざわざ家に訪問しての電球一つからの交換や各種修理や掃除、カセットテープやVHSテープやミニディスクや写ルンですの販売。

「カセットとか意外とまだ需要あるんだよ。カラオケとかで。大手の店がやらないことで対抗するよ、転身できないしさ」と電器屋は付け加えた。それを聞いて「いいじゃないですか。それ」と僕は言った。

嘘だった。口先の言葉ではそう合わせながら「もう手遅れだよ」「今さら…」、それが僕の本音だった。量販店もそれらはやっている。悲しいかな、しかもずっと安く。嘲笑ってもいた。世の中は変わる。半世紀前と同じやり方で喰っていけると考えているなんておごりだし勉強不足だよ、と。

そんな僕の思いをよそに量販店やショッピングモールを仮想敵として、鼻息荒く語る電器屋にかけるべき言葉を、僕は「頑張ってよ」以外に見つけられなかった。うっすらと埃の積もったビデオテープ。遠ざかる小学生。店頭のテレビではアナ雪が流れていた。

電器屋をはじめ、商店街は時代遅れになりつつある。飯屋はパンケーキ屋に変わり喫茶店のシャッターは下りたまま。野良猫たちも消えてしまった。他の町からパンケーキを食べに来る人たちはパンケーキ以外には生しらすくらいしか金を落とさない。商店街に金を落とさない。人はセンチメンタルで買い物はしない。利便性と価格と品揃えで買いものをするのだ。

僕には電器屋自身が何が誰が敵なのかわかっていないのが悲しかった。彼が一方的に憎んでいる量販店に、かつて電器屋を訪れていた客はいない。量販店も人はまばらで採算が取れなければそのうち撤退してしまうだろう。猫たちの王国が量販店の遺跡に勃興したらいい。

電器屋の敵、それはAmazonとかジャパネットとかそこいらになるのだろうけど、街角の電器屋が喧嘩するにはあまりにも大きく、もう手の届くような相手ではない。ゲームソフト、乾電池、書籍、ダイエット機器、食べ物。全部ネットで買っている。僕がポチポチクリックしてモノを買うとき、僕は街を破壊している。そのくせ、いつも、あの角の向こう側に昨日と同じ街があってくれよ、どうかなくなっていませんように、そう祈りながら歩いている。それが身勝手な祈りだと知りながら。そんなふうに祈っちゃってるの僕だけなのかね。