業とでもいえばいいのだろうか。「FC2とは何ぞや」と妻に訊かれたとき、僕は、安易に「ファミコン」「フランチャイズ」と答えて逃げるのを良しとしない己の天才を嘆いた。
エロ動画を、親でも殺された仇のように忌み嫌っている妻に、僕が夜な夜なFC2動画(無料)をはじめとするエロ動画を視聴していることが露見してはならない。嫌悪の理由を尋ねると妻は「HD画質時代にあんな酷い画質で高揚するなんて恥ずかしくないのですか?」「小さい画面(僕はiPhone4で閲覧をしているところを見つかっている)から世界を見ているから人間が小さくなるのよ」「死ねばいいのに」と答えた。ひぐらしの鳴く、夏の終わりの夕刻であった。
隠蔽を続けたいという想いと、これをプライドの一言で片付けたくはないが、《FC2動画の視聴制限が解除されるまで待機している自分》《布団の中でFC2を見ながらご自愛した自分》、そんな過去の己を裏切りたくないという想いとの間で僕は揺れていた。ひとことで言うなればプライドの問題だ。
ファミコン。フランチャイズ。妻の知らない分野の言葉で誤魔化すのは危険性を孕んでもいた。妻の好奇心を刺激すれば、ともすると厳しい追及に繋がりかねない。永遠にすら思える視聴制限解除までの時間を下半身丸出しで待機している姿を見られたら、破滅だ。それならば、妻の分野で妻が忌避したいものを提示した方がリスクは低いはず…。僕は自分の天才をフル稼動し、妻の問いかけくにこう答えた。
「FC2?あぁ。わかりやすくいえばSKーⅡだよ」
「えっ…」「FC2、基礎化粧品SKーⅡのバッタもんで問題になっているよ。会社がアメリカにあるみたいで摘発に難儀してるみたいだ。サイトを閲覧するだけで劣悪な化粧品が送られてくるらしい。怖いよね」
僕は妻の戦場に打って出た。コスメティックという戦場に。突然ドラマティックで申し訳ないが10年ほど前、「私たちは商品の質に自信があります。しつこい営業等は一切ございませんのでお気軽にサンプルを請求してくださいね」と謳う基礎化粧品業者にサンプルを請求した妻は、執拗な営業攻勢に遭うなどして消耗した苦い過去があった。戦いとは非情だ。我が分身可愛さのあまりに妻の傷に塩を塗り込まねばならないのだから。
「よくないですねー」と呟く妻の表情が堅い。僕の自家発電のために辛い過去と向き合わせて…申し訳なくなる。そのときSKーⅡの宣伝を担当されている桃井かおりさんの声が僕の中で響き渡った。20代はいいのよ。30代もいいのよ。40代もいいのよ。いいのよ、いいのよ…。
いいのよ。その煙草焼けした声は罪深い僕を癒してくれた。様々な年代の桃井かおりのなかで僕は「ホントに悪質だから気をつけてね。お金とか払わないでよね」という妻の声を聞いた。我が家の経済は厳しい。あの子僕がエロ動画の有料会員キメたらどんな顔するだろう?
天才は神ではない。妻の別の好奇心を刺激してしまった僕は横浜高島屋一階にある某高級化粧品店に連れていかれた。カウンター席。妻の隣に座らされた僕は、化粧バッチリ、髪ビッシリ、アイラインがクレオパトラってる営業レディの話を聞くはめに。
営業レディは、時折僕の方を向き不自然に口角を上げた笑顔で頷きつつ、「いいですね〜旦那様と一緒で〜」「これ、最近出たばかりで〜」と語尾を伸ばしてあれこれうまいことを言いながら、慣れた手つきで妻の顔面をパタパタ化粧した。
空虚な時間が過ぎていった。しばらくしてレディは「奥様の向かって左が何もしていない状態、右がお化粧をした状態、ぜーんぜん違いますよね〜」と言ってシンメトリーな笑顔を見せた。妻も笑顔。
妻の顔面の左右に、アシュラ男爵ほどの違いがあるようにはとても思えなかった。ただ、自信満々に「ぜーんぜん違う」と言われると、違う気がしないでもないっつう気がしてきて「ぜーんぜん違いますね」と言ってしまっている。認めたくないものだな。ノンと言えない日本人気質というやつを。店を出るとき僕はこづかい数ヶ月分の化粧品を持っていた。持たされていた。妻がますます綺麗になるので嬉しい。
気分を良くした妻が「もう見てないと思うけど、たまにはエロ動画見てもいいんだよ」と言ってくれた。見てるけどねと言えるはずもなく。でも違う。違う、違う、そうじゃ、そうじゃないのだ。
そろそろ妻には気づいて欲しい。僕が好き好んで連日連夜エロ動画で戦っているのではないことを。本当は、妻を相手に先っちょから愛のSKーⅡ、愛の化粧水を噴出させたいのだ。
迷いはない。あらゆる年代の桃井かおりが「いいのよ」と赦し、肯定してくれている。僕は20代、30代、そして40代前半までの妻で、妻に、噴き出したいのだ。そのときこの地上に愛と美の王国が勃興し、僕らはそこで改めて永遠の愛を誓う。この夢は無修正だ。
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・「かみぷろ」さんでエッセイ連載中。
「人間だもの。」
・ぐるなびさんの「みんなのごはん」にてエッセイ連載中。
「フミコフミオの夫婦前菜」
・リクナビNEXTさんに寄稿しとります。