Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

「値上げ、解約、これですよ」/下請け会社はビジネスパートナーの夢を見るか?

僕は食品会社の営業部長だ。会社の規模は中小である。最近、実感していることがある。それは、どれだけ政府や社会が「下請けイジメはノー」といっても、下請けに対する圧力はなくならず、一歩進んでビジネスパートナーとして扱われることなど夢のまた夢ということ。こんなふうに考えているのは、下請け風情がビジネスパートナーと錯覚するほど惨めなものはないと思わされる出来事があったからだ。

先日、社内でお得意様M社との値上げ交渉について盛り上がっていた。M社は30年以上社員食堂受託運営契約を継続してきた取引先で、一部上場の超大手企業だ。僕は転職でやってきたときからM社のような一流企業がなぜウチのような小さい会社と長年取引をしているのか不思議だった。会社上層部や古参社員から「当社のサービスが長年にわたって評価されているから」という説明を聞かされても謎は深まるばかり。サービスが評価されているのなら、相応の金額で契約しているはずで、市場や社内基準よりもかなり安い価格帯で契約している現状はおかしい。また、契約に含まれない業務、M社が行うイベントへの自主的なボランティア参加を行っているのも変だ。僕には安さが買われているだけに見えた。それらを「サービスへの評価」「強固な関係性」へ脳内変換しているのだ。「当社とⅯ社はビジネスパートナーだ。これまで厳しい条件をのんで助けてきた。だってビジネスパートナーだもの。今回はサポートしてくれるはず。だってビジネスパートナーだもの」というのが会社上層部の見立てであった。

原価高騰を受けて会社上層部は「一部聖域を除く聖域なき値上げ交渉」を打ち出していた。当初M社は聖域とされ免除されていたが、「売上の大きなところを聖域にしていたら問題解決にならなくね?」というごく常識的な意見によって聖域扱いが撤回されたのである。それでも会社上層部は余裕だった。根拠は長年にわたって築き上げてきた関係性と何でも応じてきた献身。「こういうときのために長年仕えてきたのだ。だってビジネスパートナーだもの」と上層部は自信満々であった。M社は下請け企業を下請け企業とは呼ばずパートナーカンパニーと呼び、搾取はしない、原価高騰を理由とする値上げには応じると公言していたのも根拠の一つだった。「守りの営業を見せてあげるよ」と交渉に臨む担当役員は僕に親指を立てたのである。

値上げ交渉の数日後、M社から今年末での解約を受けた。同席した同僚によれば交渉の席はバナナで釘が打てるくらいの冷たい空気が流れていたそうだ。担当役員は体調不良で休んでいた。親指を立てていたからヒッチハイクで逃亡したのかもしれない。「社員食堂は社業ではなく福利厚生。社業における下請けからの値上げ要請を断るには該当しない」というのがM社(担当者)の考えらしい。そんなバカな。長年の関係性をアピールするも「そんなに長いお付き合いだったんですねー」のひとことで終わったらしい。そんなバナナ(凍結)。僕の想像したとおり、当社は都合よく使われていただけであった。パートナーではなく下請け。ワンオブゼムが実態だった。安くて無理なお願いを聞いてくれていたから契約を継続していたにすぎなかった。つまりM社サイドはウチを安さで評価していたのに対して、当社サイドはM社からサービスを評価されM社の社業をサポートするビジネスパートナーと自己評価していた。

大間違いであった。長年の契約継続関係が、そんな驕りと過信を生んだのだろうか。わからない。あとから聞いたのだけど、逃亡中の担当者は事前の下交渉で値上げを持ち出したときに先方の担当者から「社員食堂の業者はコストで選んでいるから値上げを持ってくる時は解約を覚悟してくださいねー。裏で動いていますからねー」と言われていたが長い付き合いと強固な関係性だからこそ言える冗談だと解釈していた。ガチでした。付き合いが長いからこその警告であったのに、冗談ととらえて自爆したのであった。見事なすれちがいであった。

M社からの解約通告を受けて、一方的な独りよがりの愛を裏切られた会社上層部は、今、憎しみをぶつけようとしている。「30年以上も尽くしたのに裏切るなんて許せない」とか言っていて、その頭の悪さは微笑ましいかぎりだ。まるでこじれた熟年離婚のようである。下請けは下請けにすぎない。期待するからいけないのだ。下請けなどいつ切られてもおかしくないボトムズだから契約書で定めた業務を粛々とおこなっていればよいのだ。下請けはビジネスパートナーなどという淡い夢を見てはいけない。値上げ(したら)、解約(される)、これですよ。

新規営業開発を仕事としている僕は一連の動きを傍観者として楽しんでいたけれども、会社上層部からM社と同レベルの売上の仕事、それも来年早々から売上があがる契約をもってくるよう厳命された。無理です。どうやら楽観的で都合のよい甘い夢を見るのが好きなのが社風のようである。(所要時間28分)