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Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

「ベイマックス」に感情移入出来ないわけ

映画 日記
「ベイマックス」観てきた。日本のロボットアニメや戦隊ものにインスパイアされたと思われるストーリーも映像も素晴らしく、かなり楽しめた。

残念だった点もある。僕の右隣に陣取った若いカップルが発情したのか、時折「ベイ」「マックス…」「ベィ…」「マッ…クス…」と囁き合い、鑑賞後のベイマックスに向けて盛り上がっていたこと。左側にいた妖怪ウォッチ目当てに来たが叶わず、渋々鑑賞していた親子連れの賢そうな男の子が、僕の使うべき左側肘掛けにあるドリンクホルダーを占拠した上、最悪なことにドリンクをこぼして僕の靴が濡れ、僕の怒りがベイマックスに達したりしたことなどだ。

その他にも「隣のスクリーンはアイマックスなのに…」「ベイマックスの顔、女性器をイメージしたものだと信じて疑わなかったのに『鈴』かよ…」といくつか残念な点はあったけれども、僕がベイマックスについて本当に残念だなあ、感情移入出来ないなぁと思ったのは、それがボンクラではなくエリートの、エリートのためのお話だったからだ。

たとえば劇中に出てくる大学の研究室とそこにいる人たちは飛び級で入学してくる圧倒的なエリートである主人公ヒロと彼の研究成果に対して、妬みも嫉みもなく、どこまでもいい人たちとしか描かれていない。いい人たちは自分たちの研究成果を、主人公ヒロの手によって武器化されても嬉々としたりするのだ。

つまりベイマックスは「持っている人」の映画なのだ。圧倒的才能を持った人が圧倒的に活躍する映画。日本なら主題になりそうな才能や能力を持った人の葛藤や持たざるものの複雑な感情、それらを描くことを放棄してエンタメに仕立てあげているところがベイマックスの凄さだと思った。ありがちな仲間の死とかないし。お正月から人の苦悩や碇シンジ君なんて見たくないので僕は楽しく観れたけれども。

誤解して欲しくないのは、僕がいまいちベイマックスに感情移入出来なかったのは、選ばれた人が活躍する話なんて凡人の僕にはわからない、というつまらないものではなく、主人公ヒロと同様に圧倒的な能力を持っている僕が今までの人生ずっと己の能力について悩み、妬みの対象となり、虐げられてきたのになぜヒロは皆に愛されるのだろうという深い妬みからなのである。

あと、ベイマックスのロケットパンチをみて、こんなのをアメリカのパワーとマネーでやられたら日本のクリエイティブはヤバいと感じた人は、「Gレコ」を見ながらアフロダイAのオッパイミサイルや変態仮面あたりのアメリカに真似も尊敬もされないメイドインジャパンを再確認してみるといい。同じベクトルで勝負する必要はないのだ。同じ題材でも違う見方をすることが重要で、たとえば、ベイマックスの顔を女性器と見るようなことが案外大事だったりするのだ。