Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

エスパー。魔美じゃないやつ。


 千葉県某所まで日帰り出張。最初から、気乗りのしない仕事だった。と、いうのも、ウチの都合で断りを入れにいく仕事だったからだ。面白いはずがない。仕事と割り切れれば楽なのだけれど、先方の担当が、これがまたイイ人なのだ。エスパー伊東似の。

 
 すみませんでした、まあ気にしないでください、最後はそんな感じのやり取りだったと思う。仕事を終えると、雲ひとつない空の下、海を左手に眺めながら駅へと向かった。海岸に沿ったカーブを歩く僕の背中に声がかかる。「すみませーん」声の主は、ついさっきまで話をしていたエスパー伊東だ。暑いからこれもっていってください、遠いところお疲れさまでした、そういって、水滴の浮かぶ黄色いビニール袋を僕の手に持たせた。中にはよく冷えた缶ビールが2本。


 そんな、受け取れませんよ、困ります、困ります。そのとき、僕は世界中の困惑を両手でかき集めたような少しワザとらしい表情を浮かべていたはずだ。そんなワザとらしい僕に、いいんですよいいんですよ、と繰り返したエスパー伊東の高い声と笑顔を僕は生涯忘れない。つもりだった。


 正確には、エスパー伊東の声と、笑顔の右後方15メートルを忘れない。つもりだった。いい背景は主役の存在を凌駕する。そこにはビキニ姿の若い女性が二人いた。空だか海だかわからない真っ青の前で、大きな胸を揺らしていたんだ。甲高い「い」「い」「ん」「で」「す」「よ」のリズムに合わせて揺れる、緑と桃色の布に包まれた乳房の絵を、僕は生涯忘れない。つもりだった。でも僕の想いとはうらはらに、エスパー伊東の声とオッパイは、外房の海と空のなかに消えてしまったんだ。


 帰りの特急。ビキニの記憶を肴にビールを飲もうと、いきおいよく蓋を開けたら、泡が、はじけ、飛んだ。僕は、仕事を終え、ぼうっとしていたので突然のビールの暴発に慌ててしまった。エスパー伊東とオッパイの記憶は、僕の動揺によって、ビールの泡と共に、房総の夏空に飛んでいってしまった。