Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

足、舐めていいよ


 寝て、起きて、仕事をしているだけの暮らしをしていたら、昔のことを思い出した。それも、名前も知らない、顔も覚えていないような人と過ごした、短い時間の記憶だ。


 6、7年前、初秋の渋谷。時刻は午後7時くらい。僕は、ファーストフード店で、味も香りもしないアイスコーヒーに文句を言いたい気持ちを抱きながら、ネクタイを緩め、手帳に赤ペンで書き込まれた予定を確認しては溜息をついていた。何回目かの溜息をついた頃、隣のテーブルにいた女子高生二人組が声を掛けてきた。周りに聞こえないような小さい声で。だがはっきりと。「わたしらの足、好きなだけ舐めていいよ」


 理解出来なかった。蓄積してきた経験や学習は、意味を為さなかった。ハイスクール・ガールが?僕に?足を?舐めて?これが渋谷系ホットドッグプレスにこんなケースのハウツーあったか?喉がカラカラと渇き、身体が震える。混乱した僕は、「二千円でいいよ」と追い討ちをかけられ冷静さを取り戻す。そういうことか、と。彼女らは、いつの間にか、ちゃっかりと僕のテーブルの向かいに座っていた。四の眼が、僕の動向を観察しているのがわかる。解答はもうわかっているとでも言いたげな、小悪魔二人。僕は落ち着いた、過不足ない声量で反撃を開始した。「足なんて、意味ないんだよ」


 相手が唖然とするのを無視して続けた。「ただ足を舐めるなんて、意味がないんだよ。愛や心がない、そんな行為に意味はないんだよ。君はただ、今、ここに、僕がいたってだけで声をかけてきた。僕は君らの必要をみたす人形じゃない。いつもこんなことをしてるのか?今日を限りにやめようぜ。君らのその太い足は、君ら自身と君らを愛してくれる人のためにあるんだよ。そのために今、こんなクソみたいな、しょうもない世界を踏みしめているんだ。僕らのあいだに愛はない。だから僕は舐めない。そもそも僕は足になんて興味がない。好きなのは、興味があるのは、舐めたいのはオッパ…」「つまんねー説教すんじゃねーよ。オヤジ。バーカ」「バーカ」彼女らはそういって話を遮って去っていった。残された僕は、コーヒーの残りを飲み干して喉の渇きを癒した。


 今、彼女たちは何をしているのだろう。わかるはずもないが、案外、幸せな家庭を築いているような気がする。そうあって欲しい。僕の、わがままな願いだ。まあ、僕の願いなど関係なく、愛を獲得して、たくましく生きているだろう。そして、あの日から一歩も進んでいない自分に気付いた。あの日、あのとき、あのテーブルにいた三人で、変わっていないのはたぶん僕だけだ。「バーカ」脳裏にあの声が蘇る。確かにそうだ。僕には、愛を語る権利も、説教をする価値もない。僕は、ただのオッパイ好きのバーカだ。