Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

カレギュウはわかってないって彼女は言った


 「容疑者Xの献身」でガリレオ=福山雅治の「天才なんて言葉はあまり口にしたくない」という台詞に陽気なSEXへの関心しかないボンクラ=僕は膝を打った。そうだ。天才なんてそうそういるものじゃない。日本で天才といえるのは織田信長を初め数名くらい。条件を修正して天才に言えなくもない人物にすると、そのリストに並ぶ顔ぶれはぐんとバラエティーに富む。それでも僕が物心ついてから現在までにそこに名を連ねたのは絶頂に達するとホラ貝笛を吹いた女優くらいしか思い当たらない。「気持ちよかったら1回、すごい気持ちよかったら2回、最高に気持ちよかったら3回吹いてください」プー!プー!黒木香…あなたは腋毛の女王でございますよ…。あの素晴らしき、ラ・ベル・ガマルーシュ…。


 天才という言葉はその対象となる人物が費やした時間、努力、エトセトラを蔑ろにしている危険を孕んでいるので慎重に使いたいと思っているけれど、天才という言葉の利便性とその発声の容易さで僕の思いは簡単に折られてしまい、僕は僕よりも将棋が強いだけの魚屋オッサンに「あんた天才だよ、天才。天才テンサイこりゃ天災」なんてテンサイを連発してしまうのだ。で、天才という言葉は濫用したくはないけれど、コロッケそばとカレギュウを発明した人物は黒木香の横に名を列ねて天才天才天才コールのスコールを降らせるべきだと思う。コロッケを蕎麦に載せる発想と牛丼とカレーを合わせる力技はアクメホラ貝と肩を並べるコラボレーションといっていい。で、今日の昼ごはんはカレギュウ松屋のテイクアウト。券売機のカレギュウボタンポチっとな。ありがとうございまーす。マニュアル通りの接客。軽いステップで舞い戻りカレギューを食べようとした僕は傍らにいた彼女の不在を識る。彼女はもうやってこない。


 夏の終わりのランチタイム。アイプレイデーッシャーアーシャー!ビョークのプレイデッドを歌いながらカレギュウを買ってきた僕のところに総務のマヤちゃんがすっ飛んできて「なんでカレギュウ買うんですか?全然わかってない」とまくしたてた。彼女に言わせるとカレギュウはカレーと牛が混ざってしまいお互いの風味を殺してしまうものらしい。わかっている人は別々に買って食べるものらしい。僕はそういう風に混じり合うのが美味しいんだよ、ベイビー僕らも混ざり合うべきなんじゃないかと主張しようとしてやっぱりやめて、「こんどからはそうするさ」と言った。


 カレギュウのおかげで少し親密になれたと錯覚した僕は上機嫌になって、その晩にあった誰かの送別会で若者を前に「オッサンのお尻から出てくるカレーとスーパー美少女のお尻から出てくるウンコ、どちらか選ばなきゃいけないとしたら君らはどうする?」なんてカレー話を一人で盛り上げ、「僕なら迷わず美少女ウンコを取るけどね」とクールにキメた。六人掛けテーブル上空30センチを静寂が走った。マヤちゃんを含む周りの若者はいつだって残酷な無関心と冷めた視線でジェネレーションXを傷つける。それからマヤちゃんがひとことだけ言った。いつもより幾分低いトーンで。「キモチワルイ」。以来ほとんど口も聞いてもらえてない。あの日の思い出が僕らを引き裂いたままで僕は悲しい。僕は影で変態と呼ばれているらしい。変態。僕はオッサンらしく自分の都合よく処理した。変態。変体。ヘンタイ。へんたい。編隊。編隊なら隊列って感じで悪くないな。


 とはいえ究極の選択を迫られたら僕はやはり同じ選択をすると思う。僕はカレーと牛丼を後悔とやりきれなさと美少女ウンコ想像を一緒にぐちゃぐちゃと混ぜて飲み込んだ。独り言ちる。あまり追い詰めないで。逃げ道をつくるのも大事だよ。窮鼠猫を噛むって言うだろう。後がなくなったオッサンはオッパイに噛み付くぞ。ああ、それはいいかもな…。スカスカになっていた胃袋がカレギューをトロトロと融かし僕のランチタイムは静かに、静かに、終わった。