Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくい上司のすべてについて


 今年の部長は不幸つづきです。父。母。弟。義父。義母。従兄弟。多くの親族が亡くなり、それを理由に会社を休んでいます。従兄弟は僕が知っているだけで四人、義理の母上様は三回は亡くなっています。複雑な家庭環境なのでしょうか。義理の母上様はゾンビなのでしょうか。


 部長の家の前で大型タンクローリーが大破炎上したこともありました。部長の家の前を走る幅3メートルほどの片道一車線で、タンクローリーが大爆発して炎上、危なくて家から出られないといい、部長は会社を休んだのです。タンクローリーが燃える音なのでしょう、ジャンジャンバリバリ、遊戯施設のような雑音のする電話で部長の話を受けたのは僕ですから、昨日のことのようにおぼえています。ジャンジャンバリバリ。タンクローリーはその後も二回、爆発し、部長は二日休みました。


 あるとき、親族の葬儀に参加した不幸な部長の休み明けに、心の優しい僕が気をつかって「お気の毒でしたね。大変でしたね。部長…」声を掛けると部長は笑いながら「なにが?」。僕は陰になり、部長の背後にあった空気洗浄器がごうごうと鳴っていました。


 ハッピーニューイヤー。賀正。元旦。そんな年賀状を執筆する季節。不幸な部長に年賀状を出してしまっては失礼にあたる、しかしながら部長からの喪中はがきがいっこうに届かないので、いちおう、確認しておこう、そう思ったものですから、ゆらゆら仁丹くさい部長席に向かい、勤務時間内に会社の将来を憂うような表情を浮かべ、頬杖をつき、眠っている部長に嫌々声をかけたのです。


 「部長は喪中、ということでよろしいですよね」年賀はがきが勿体無いですから、とノドから出かかりましたが踏みとどまりました。「いや…」「え?」「今回の喪中は大丈夫な喪中だから年賀状はいける…喪中オッケー…」あれだけ親族がなくなっているのにオッケー。理解に苦しみ、途方に暮れている僕に、真新しいホワイトな年賀はがきと手書きの象形文字で埋められたA4を渡して「これが俺の年賀状リストだ、パーソナルコンピューターはパーソナルの案件に強い、すぐに印刷できるだろう、取り掛かれ」と言いました。


 「これを持っていけ」年賀はがきを抱えて離脱しようとする僕を部長が呼び止めました。いやな感じのする、卑しい、ムネヤケしそうな笑顔です。これを持っていけ。年末調整の書類でした。部長の個人情報には触れたくないので難色をしめすと、これを総務にもっていけ、の一点張りです。昨年の忘年会で、脇を舐めようとして以来総務ガールに嫌われている部長は、断固たる決意をもって、岩のように頑固に総務へ足を運びません。運べません。そういえば昨年も年末調整の書類を平日ゴルフに興じる部長から受け取り、ゴルフ場から総務ガールまで、50キロメートルほど輸送したのは僕でした。


 しかたなく書類を受け取り、ふと目を落として驚きました。配偶者が<なし>になっていたのです。さらに観察すると扶養親族欄が空白になっていました。昨年は確か高校生の息子さんの名前が書かれていたはずです。痴呆。そんな<ことば>が脳裏をかすめました。一昨日も息子と一緒に風呂にはいった、俺のはケンブリッジで息子のは東大、裸の付き合いだ、という楽しくないお話を楽しくしてくれた部長が痴呆なんて、そんな。


 僕は堪えられなくなり、申し上げます、申し上げます、部長に問いただしました。「部長、配偶者の有無、扶養家族の欄にミスがあります。奥様とご子息の名前が抜けているようですが…」「詮索するな…」「はい?」「そういうことだ…」、力なくそう言うと、部長は、机の上に散らばっていた、借銭的な明細の紙をビリビリと破り、紙くず箱に投げ捨て、それから、おまとめローンの小冊子、キャッチーで明るい感じの法律事務所のパンフレットに目を落とし、棒立ちになっていた僕に、早く行け、吐き捨てるように言ったのです。