Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

おまわりさんがあらわれた!


 すこし前の話をする。その日、俺は車を運転していた。ガードレールもない狭い道から、本線に合流しようとしたときだ。突然、脇から制服姿をした男があらわれ、ジェスチャーで俺に停車するようにいった。警官だ。糞。違反か。制服。俺は制服を着た女が好きだ。夢のなかでの妄想ファック、ナース、大工、婦人警官、キャビンアテンダント、デニーズ。そんな素晴らしい制服を女が脱ごうとする素振りを見せるだけで怒り狂うほど俺は制服好き。だが、制服を着た男は大嫌いだ。

 こつこつと警官が窓を叩く。若い。俺よりもずっと。何の違反をしたのか自分のなかで整理が出来るまで、窓は開けない。スピード違反の罰金は高い。覚悟をきめる必要がある。こつこつと警官は窓を叩き続けた。俺は車(会社のワゴン)を大好きな大藪春彦の主人公が築くアジトに見立て、頭脳明晰だが頭がいっちゃっている男を演じてみる。ヒズネームイズボブポールセン、ヒズネームイズボブポールセンと脈絡のないことをつぶやき、狂気を演出する。「もしもーし、ちょっといい?」窓を叩く警官の間の抜けた声で、俺はイメクラをやめて窓を開けた。


 「あの、なんかやりましたかね?」と俺。「あのね、あそこの一時停止、あなた無視したでしょ」と警官。


 警官が指の先には、確かに白線と向こう側を向いた標識の背中がみえる。「すみません。見落としました」「ちょっと免許証だして」。物陰に隠れていて違反するなり出てきて取り締まるやり口に違和感を感じながらも、違反したのは事実だから反抗しない。それに末端の警官に何を言ってもはじまらない。出費は痛いが、女のいる店にいくのを諦めればいい。つとめて大人な態度をとっていたというのに、警官の何気ないひとことが俺を軽く爆発させた。


「本当にね。あそこでとまらないと危ないでしょ。事故になったらどうすんの?奥さんやお子さんいるんでしょ?」


 こいつアホか?あの白線で止まらないことが事故に繋がる恐れがあるというなら、止まらない様子を身を隠して観察する行為は、なんだそりゃ。俺は言い返す。嫁も子もいない俺に恐れるものはない。


 「あのさ、おまわりさん」「白線とまらなかったのを認めますよね」「ああ、認めるよ。確かに一時停止を違反したよ俺」「じゃあ免許証!」「あそこで止まらないと危ないんだよね」「そう」「じゃあ、なんであそこの脇に立って、一時停止をするように指導しないわけ?」「いいから免許証!」


 「たとえば30キロオーバーで走る俺を、パトカーが停めて取り締まるならわかるよ。パトカー正しい。事故の可能性をひとつ消すわけだからさ」「はやく免許証!」「でも、一時停止で止まらないのが危ないと主張するなら、うん危ないよな、確かに。止まらないところをただ眺めていたあなたは、事故になるのをただ傍観しているのと同じなんじゃないの?」「あなたさ、免許証出さないなら、別のところで話を聞くことになるよ?いいの?」公務執行妨害か。嫁も子もいなくてよかった。


 「いや認めてますよ。わたしは一時停止違反しました」一本調子でいい、免許証をわたす。紙に何かを書いている。「ねえ、おまわりさん。あなたのやっていることって事故を傍観しているのとどう違うわけ?納得できるように説明してくださいよ」「取り締まりっていうのはこういうものなの!」事故を未然に防ぐのが取り締まりなんじゃないのか?あきれて言葉が出てこない。


 警官が言う。「本当にね。大人なんだからさ手間掛けさせないでよ。仕事なんだからさ」仕事。「仕事?おまわりさんの仕事ってなんすか?」「だからこれが仕事…」「交通違反を取り締まったら取り締まった分だけポイントになるんでしょ。評価になるんでしょ。なあ、はっきりいえよ。ポイント稼ぎなんだろ」「あんたには関係ないでしょ。あれ、認めないなら別のところにいく?」「認めます。認めます。すみません。動揺して言いすぎてしまいました。違反しました。違反しました。キップきってください。減点も受けます。罰金も払います。物陰に隠れての取り締まりご苦労様です。私は交通ルールを遵守するようになり、おまわりさんはポイントを稼げる。ウィンウィン」「ウインウインって何ですか。本当にね、気をつけてくださいよ」警官は俺に紙を渡して簡単に手順を説明すると物陰に帰っていった。俺は車を走らせた。あんたの前で事故が起きないことを祈るよ。


 こうして俺は一時停止違反をきられた。違反したのは悪いし認めるけれど、あのやり方にはなにか釈然としないものが残る。言いたいことは言ったけれど、あんな取締り、意味ねえだろ。風を浴びて頭を冷やそうと窓をあけたときに、警官にもらった紙が車外に飛ばされてしまったので、罰金額も減点数も支払先もわからないが、もしかすると俺、そろそろ免停かもしれない。