「エコだかレゴだか俺は知らねえし親方日の丸、時流、世間に媚びるみてえで嫌だっ。絶対に嫌だっ」といって会社の環境に対する取り組みに否定的だったウチの部長が営業部としての環境対策指針を打ち出したのは昨年の晩夏のことである。
指針の要旨は三つにわけられる。1.営業車として電気自動車を導入し化石燃料とゴムタイヤに頼った脆弱かつ不謹慎な企業体質の改善に寄与する、2.営業車(全5台)の20%にETCを搭載して領収書を授受を廃止、紙資源使用量の抜本的削減をはかり地球上の森林の保護に貢献する、3.従来の化石的営業ツールを見直しブーメラントーク・手品・似顔絵・腹話術を導入、営業を効率化し腹を切って話せる関係構築までの時間短縮とそれに伴うアルコール資源の消費を抑える、というものであった。
当初、「会社の看板を背負ってる営業がケチケチしていたら客までがケチケチになってケチケチな契約しか取れなくなり社長からケチがつく。そもそも20年でドザエモンになる俺がどうしてケチケチ地球とお月様のことを考えなきゃいけないんだ。地球よりも65まで働いてもケチケチ納めてねえから年金がもらえねえ俺を心配しろよぉ」とごねていた部長が、一転して協力的になったのは、度重なる社有車の私用(スナックのママとのゴルフ)とそれによるガソリン代と高速道路料金の使い込みを総務部長に指摘追及され、命からがら逃げ切った経験から、ETCを搭載した電気自動車ならばママを乗せて幾多のゴルフ場へ走らせようが1ccもガソリンは使わないで済む…領収書もなくなる…シメシメという思慮と打算からだと本人自身が居酒屋で誇らしげに語っていたから間違いのないことである。似顔絵エトセトラの導入も、もちろんママに受けたからである。僕は中ジョッキを傾けながら嫌な予感に震えていた。
前兆はあった。昨年の春先、ハイブリッド車で部長と営業に出たときである。震災直後の夜だった。折からの節電で暗い闇の底に沈んだ街を見た部長が「街が暗いな。陛下も悲しんでおられるだろう…」と呟き、くわっ、目を見開いてから「カーライト、カーステレオ、カーエアコン、カーワイパーを切れ」と僕に命じた。節電に協力しているつもりらしかった。僕は、車と街の電気は関係ない、繋がっていない、雨は降っていないと伝えようとしたが、すでに部長は心底胸を痛めているふうに闇の中でサングラスをかけて影よりも暗くなっていた。影に声は届かない。
夏。ハイブリッド車で部長と営業に出たときである。「実は今月末に結婚することに…」そんな僕の大事な話を、助手席の部長が人差し指を脂でヌメヌメした唇に当てて「静かにしろ」というように打ち切り「そんなことより節電に協力だっ。カーエアコンを切れっ」と命じた。気温は40℃にせまる勢い。死ぬ。結婚話が死亡プラグになる。僕は春先に伝え損ねた言葉を口にした。この車は街と繋がっていない。エアコンを止めようがエンストしようが街の電力には関係ない!と。「…泣き言は泣いてから言え…」部長が口を開いた。
「いいからカーエアコンを切れ。節電だ…。陛下のためにも…。近日中に電気自動車がくる。最初だけはクソ東電からガソリンを買わねばならないが一度発電機さえ回しちまえば…」部長は僕をテストするように言葉を切った。陶酔しきった顔で。東電でガソリンで発電機?何がいいたいんだ?戸惑う僕を他所に部長は「永遠だっ」と言い切った。エアコンは部長の手で切られた。灼熱。一瞬で吹き出る汗。部長の声が窓から入り込む熱風に乗って響く。「いいことして気持ちのいい暑さだーっ!!」。根本的にわかっていない。
年が明けて待望の電気自動車が営業部にやってきた。ディーラーの説明を受けるたびに上層部の失望は隠せないものになっていった。
「充電が必要なのかっ」
「誰だよ電気代がかからないといったのは!」
「ガソリンはどこに入れるの?」
「愛称は電車で決まりですな」
「自動でブレーキがかかるんだよね?えっかからないの〜電気なのに」
騒然とする上層部のなか、部長だけが冷静に車体の周囲を回りながら「電気でもタイヤは四つ必要なのか…」と呟いていて、もはや異次元の民。
「新車のハンドルを上席に譲らない奴に出世はない」部長がハンドルを握る。僕助手席。社内規定に則り指先呼称をおこなう。「カーエアコン…」「オフ!」。僕は上司の声に応じて指を差しオフというだけの役割をただこなしていった。馬鹿馬鹿しい。そして寒い。「カ〜ステレオ…」「オフ!」「ガソリン…」「オフ!」。電気自動車、略して電車は漏電を畏れるあまり降水確率が30%以上の日は使用が制限されることになった。静かな、静かすぎる電気自動車の車内に部長の厳粛な声が念仏のトーンで染み渡った。「ウインドーズ・ゴー…」。今、万感の想いをこめて弊社の環境への取り組みが動き出す…。
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