Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

例のハラスメント告発炎上を外野から見て思ったこと。

恥ずかしながら己の無学ゆえに何を創造してるのかまったく存じ上げないが世間的に有名なクリエイターK氏によるセクハラパワハラが、それを告発した作家H氏の過去の発言、パーソナリティー、そして第三者の助太刀なのか横槍なのか判断つきかねる言及によりあらぬ方向に炎上している。被害者がバッシングを受けるなど本来あってはならないことだ。だが意図せずして不利益な方向へ向かってしまうのも人間なのだ。

じっさい規模の違いこそあれ、様々なシーンで同じような状況が観測できる。たとえば場末の中小企業の会議。ある人が有無を言わせぬほど完璧で素晴らしい提案をする。ほとんどの場合、完璧であってもそのまま採用されることはないのではないか。なぜなら「基本的には賛成だがこうした方が良いのではないか」「採算は取れるのか」などととりあえず発言して「仕事やってる感」を醸し出そうとする人が必ず現れるから。

それならまだいい方で、「その企画は最高なのは認めるけど」と評価をしながら「キミは前回失敗してるよね?」「キミの普段の態度が気に入らない」と貶めて、いい仕事をして会社の利益をあげるという共通の目標がありながら、足を引っ張ろうとする人間も一定数いるのである。人間とは好き嫌いのある生き物なのでそれは仕方がないと僕は思う。「アイデアは素晴らしい」というプラス評価と「キミの態度が気に入らない」「キミの過去の言動は許容しがたい」というマイナス評価。アナキン・スカイウォーカーがダース・ベイダーになったように一般的に人間というのは負の感情に流されやすい。プラスマイナス間のギャップは、お前にええカッコさせんわ、という妬みや不審感で一気にマイナスに転じて「言ってることはいいけどお前が言うな」となるのである。

本来アイデアとアイデア主の評価は別のものである。だがそうはならないのが人の世の常なのだ。ちなみに例にあげたアイデアマンはかつての僕である。こうして嫌われ者の僕による最高の企画は葬り去られ、同様の企画で同業他社がサクセスしたのをよく覚えている。マイナスの感情で大きな魚を取り逃がしたのである。

さて今ネットを騒がせている問題も告発そのものをヨシとしながら、告発者の数々の童貞をバカにした発言等々から「お前が言うな」的な流れに一部なっているようだ。先程のプラスマイナス間のギャップが負の感情によって一気にマイナスに転じている現象である。ネットはその匿名性ゆえにもっとえげつなくなっている。怨念や嫌悪感をよりダイレクトに相手にぶつけやすい。じっさい目の前にいたらなかなか言えないこともバレないなら言えてしまえるものだ。パワハラやセクハラは共通の敵のはずで、炎上の炎は敵に集中していくべきだが告発者やその他に向かってしまっている。ご覧。僕の会社が怨念怨恨で大きな魚を取り逃がしたように、すでに事の発端のクリエイター氏は逃亡に成功しているではないか。

告発そのものとその告発者は別に評価すべきという意見は確かに仰るとおりだが理想論すぎて全く意味がない。人間は過去の言動によって成立している。つまり人とその人の言動を完全に切り離すことは出来ないからだ。求められるのは寛容さじゃないか。過去の言動についての謝罪を受け入れる寛容さ。まあ、その謝罪そのものが「お前が言うな」になってしまうのも人の世の常なのだけどね。この世はまさに地獄だ。ちなみに僕は嫌いな人間しかいない地獄で働いていたので「人間的にはスゲエ嫌いだけど言ってることは評価する」処世術が身に付いてしまった。サンキュー地獄。

今回のハラスメント騒動でネットの限界を見た思いがするが、被告発者、告発者、関係ないのに絡んだ第三者ともども炎上してしまった今、期待できるのは、この炎上が問題の元凶から彼らまで、何から何まで全部焼き尽くして、ハラスメント撲滅の礎になることしかないのではないか、そんな絶望的な気分である。では。(所要時間19分)