Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

かつて「必要悪」を自称した元同僚が面倒くさすぎる客としてあらわれて心が死にました。

去る7月30日の朝、何の前触れもなく突然、目の前に地獄の門がひらかれて死んだ。前の職場を自己都合で辞めてから流浪の人生を送っているはずの、5年ほど音信不通であった「ゆとり世代」の元同僚くん(通称「必要悪君」)が、客として僕の前に現れたのだ。それ以来頭痛と目まいに悩まされている。回避する術はなかった。というのも彼はメールで商談していた相手の同行者としてあらわれたからだ。メールの「当日は私の上司が一名同行する予定です」という一文が地獄の門をひらく呪文と見抜ける人はいないだろう。

「よっ!」と軽い感じに手をあげる元同僚くん。動揺を見せないように「お、久しぶりじゃん。このご時世なのでマスクのままで失礼するよ。換気のために窓は開けさせてもらうから」と面談ルームへうながし、名刺交換。元同僚くんは競合他社の営業主任になっていた。珍獣を雇用する余裕のある会社なのだろう。「お久しぶりです。課長。今日は後輩のサポートでやってきました」と元同僚君は僕の名刺に視線を落としてから言った。「いちおう部長なんだけど」と注意したら「俺にとって課長は永遠に課長ですから」と言われた。

「用件は?」「一緒に戦った仲なのにいきなりビジネスの話ですか?」対決した記憶はあるが共闘した記憶はない。異なる世界線を生きているようだ。「商談しようよ」という僕の懇願を無視して「あれから大変だったんですよ。子どもが生まれて、親とはじめた事業もうまくいかなくて…」を身の上話をはじめようとする彼。あれから何年たったのだろう。8年?僕が海の家で働かされたり、駐車場の切符切りのアルバイトをしたり、ツライ時代を過ごしたように、彼にもつらい時代はあった。興味はないが話を聞いてあげるポーズをして差し上げるのが武士の情けというものだろう。

慈悲の心から「親御さんとの会社どうなったの?」と質問すると「相変わらずの昭和サラリーマン意識ですね。個人情報に対する意識が低すぎます。課長」と言い返された。想定外すぎてビビる。今、なんと?戸惑う僕に「課長には少し世話になったので忠告しますが、それ以上の詮索は個人情報になるからアウトですよ?」と彼は言った。あームカつく。「じゃあいいや」という僕を無視して彼は「少しだけ情報を開示させていただきますが、カンパニービジネスとファミリービジネスの二刀流は能力があっても難しいんすよ。メジャーの大谷君も能力があるから二刀流を無理強いさせられてますが、残念ながら今季はバッターに絞っていますからね。能力があるがゆえの悲劇ですよ」とワンダーな理論を述べた。彼の戯言が僕の脳みそを融解しているのがリアルタイムでわかった。質問した僕がバカだった。

やられたらやりかえす。僕は、「貴様の話にはメモする価値もない」という態度を表明する対営業マン専用必殺技/手帳パタン閉じを繰り出した。これを喰らった営業マンはだいたい「ああ…」と軽く絶望した表情を浮かべるはずだが、元同僚君は「じゃあ商談はじめますよ~」と何事もないように話をすすめた。手帳パタンは相手にその行為の意味を理解できる程度の知性が必要な技であった。

セールストークは元同僚くんの後輩がおこなった。極めて普通のセールストークであった。元同僚くんはサポート役のはずなのに、後輩くんの話の終始スマホをいじっていて、話が終わると「ぶっちゃけそんな話です」と付け加えただけであった。そしてなぜか自信ありげに「こうして課長と、客として再会できるなんてマジで奇跡ですよね。この奇跡を大事にするべきだと思いませんか?」とキテレツなことを言うので、たまらず「客、客言ってるけどさ、セールスを受けている客は僕なんだけど」と話を遮ると、彼は外人のように両の手の平を天に向け、それから「課長…。そうやって売る側と買う側という固定概念にとらわれるのは平成で終わりにしませんか。そんな意識では中国に追いつかれますよ。今は売ると買うがシームレスかつプライスレスに動いていくのがグローバルスタンダードですよ」と意味不明なことを言った。うなずく後輩君。こいつら大丈夫か。

気を取り直して僕は彼らの提案を冷静かつ瞬間的に分析した。そして却下した。なぜなら提案の内容が、競合他社にもろ競合する商品を高く売りつけるというものだったからである。アホなのだろうか。ウチにメリットがまったくない。無下に却下するのも哀れなので、提案の真意を訊いた。驚くべきものだった。元同僚くんの奇天烈な日本語を解釈すると、競合する商品を高く売ることによって利益を見込めると同時に競合他社にダメージを与えられるというものであり、やはりウチの会社にはメリットがなかった。元同僚君は二重に勝つという意味で「win-winです」と胸を張っていた。いつか恥をかいて滅亡してほしいので「それいいね」とだけ言っておいた。

提案を却下すると、元同僚くんは「おい信じられるか?」とでも言うように後輩君の肩をたたいた。猪木のように顎を突き出してそれに応える後輩くん。世界一ウゼえバディ関係がそこにあった。機会損失ガー、新型コロナで苦しんでいる今こそ共存共栄ガー、などとあーだこーだうるさいのでいい加減頭にきて、ハラスメントにならないよう配慮しながら、「馬鹿も休み休み言え」と丁寧に言ったら、根は良い奴なのだろうね、彼は「高く、、」「売れば、、」「儲かる、、」とバカのように休みを入れながら従来の主張を繰り返した。

元同僚くんは「多少強引な手をつかってでもキーパーソンと会う、手ごわい相手には手数をかける、商売相手の役職は間違わないようにする。全部、課長が教えてくれたことです」と僕に訴えた。確かにそのとおり。「実践できていると思うか?」とかつての教育担当の名残で問いかけると「おおむね出来ていると思います。誤算は課長がキーパーソンではないことだけでした」と手数もかけずに役職もあやまったまま、失礼きわまりないことを彼は言った。

元同僚君は「実はもうひとつセールスしたいものがあります」と切りだした。もういい。心の底から帰ってくれと思った。すると後輩君が元同僚くんに「主任。時間です。これ以上は濃厚接触になってしまいます。感染します」と話を打ちきってくれた。ありがとう後輩君。少々、失礼な言いかただが帰ってくれるならこんなに嬉しいことはない。「濃厚接触を避けるのはこれからのビジネススタンダードだからね。今日はこれで帰りなさいよ」と僕は帰るよう促した。元同僚君は商談を続けたい様子であった…。そのときである!

3人のスマホとガラケーがけたたましく鳴った。緊急地震速報。房総沖を震源地とする地震が発生して数秒後に震度5の揺れが襲来するとのこと。こんなアホたちと被災したくない。同じデスクの下に非難したくない。。嫌だ。と思っていたが、いつになっても揺れない。結局数分経っても揺れなかった(のちに誤報だと判明)。「さあ、どーぞどーぞ」と帰るよううながすと元同僚君は悟ったような表情で「いつ大地震がやってくるかわからないすから、今できる商談はその日のうちに」と言ってまだ商談を続ける姿勢になっていた。帰るムードが完全にリセットされていた。

その後に展開された話は僕の人生にとって最悪な商談のひとつであったが、それはまた次の機会にしたい。最後に、「なんで僕につきまとうのか」という僕の問いかけに対する彼の回答をここに記して結びの言葉としたい。

 

「まだ気づいていないのですか。課長は、俺にとっての必要悪なんですよ?」まさか僕自身が必要悪にされているなんて…。(つづく)

(所要時間60分)