Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

おどうぐばこ、1981年、夏。

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僕は神奈川県の海と山に挟まれた小さな街で暮らしている。僕が通っていた小学校では、「おどうぐばこ」と呼ばれるロッカーに入れて使う大きな箱を各自持たされていた。夏休み前にはそれを持って帰る。苦行だった。「おどうぐばこ」に、机の引き出しとその中身、絵具やピアニカといった道具を全部入れるのでめちゃくちゃ重いのだ。小学2年の夏休み前。もう40年以上昔(1981年)になるが、僕は同級生で仲の良い栄ちゃんと一学期最後の日、クソ重い「おどうぐばこ」を持って一緒に帰った。とても暑い日だった。太陽の光が強すぎて太陽がどこにあるかもわからないくらいだ。木や建物の影を選んで僕らは歩いた。「おどうぐばこ」を運んでいると重さで手がパンパンになってしまうから休む必要があった。夏休みに入るからという理由で、いつもとは違う道で帰ることになった。


小さな神社で休憩をした。神社は階段の上にあった。信心も賽銭もないので入口の鳥居のところで休んだ。いつもは野球やアニメの話をしていたが、そのときは特別な感じがして将来何になりたいかを教え合うことになった。僕は何になりたいのだろう。山の向こうから大きな入道雲がもくもくと生えてくるのが自分の夢が膨らんでいくみたいに思えた。アブラゼミがジージー鳴いていた。ガードレールのない細い道に沿って小川が流れていて、その上を抜けてくる空気がひんやりと心地良かった。「せーの」で教えることになった。せーの、「学校の先生」「先生」僕と栄ちゃんのなりたいものは同じだった。先生。

僕は栄ちゃんと同じ夢を見ていることが嬉しかった。でもそれ以上に照れ臭さと真似されたような気がして苛立ちを覚えた。一生懸命考えた夢が同じだったなんて頭の中を覗かれているみたいで恥ずかしかったのだ。僕はその場をやり過ごすためにへらへら笑って木の幹にしがみついている蝉の抜け殻を外そうとした。そのときだ。「真似しないでよー」栄ちゃんが言った。僕は爆発を抑えられなかった。「栄ちゃん、勉強全然できないじゃない。先生なんて無理だよ」栄ちゃんは勉強が出来なかった。特に算数はひどかった。僕は言った瞬間に後悔した。栄ちゃんが「今はダメだけど頑張るから大丈夫」と言い返すのが、セミの鳴き声でかき消されそうな弱弱しい声で、彼の話よりも声の弱さ、もうそれだけでなんてことを言ってしまったのだろうと後悔したのだ。

栄ちゃんは「いこう」と元気な声を出して「おどうぐばこ」を持ち上げた。僕も少し遅れて立ち上がった。半ズボンのお尻のところについた砂をはらって「おどうぐばこ」を持ちあげた。僕らは家に向かって歩いた。何もなかったかのようにいつもと同じような話をしながら。道沿いの川を泳ぐ小さな魚に向かって石を投げたりしながら。川からの風が涼しくて心地よかった。この風がさっきの僕の発言を栄ちゃんの記憶から吹き飛ばしてくれたらいいのに。犬の「ボス」がいる家が僕と栄ちゃんのさよなら地点だった。ボスは赤い屋根の犬小屋のなかで寝ていた。「じゃあ、ラジオ体操で会おうね」僕が言うと栄ちゃんは「やっぱり先生はやめておくよ。勉強嫌いだもん。じゃあね」と言った。「おどうぐばこ」を両手でもっているせいか彼の後ろ姿はとても小さく見えた。僕は「おどうぐばこ」の重さをずっしりと感じながら家まで辿り着いた。

それから何度も、「栄ちゃんの夢をぶっ壊してしまった」という後悔と、「あれくらいで壊れる夢ならかなうわけない」という自己弁護とが僕の心の土俵でぶつかりあった。いつも後悔関が圧勝した。栄ちゃんとはラジオ体操で毎朝顔を合わせた。登校日も一緒に小学校へ行った。二学期がはじまっても栄ちゃんは勉強が、特に算数が苦手なままだった。夏休みが終わっても何も変わっていなかった。変わらないことを祈った。数年後、栄ちゃんとは同じ公立中学校に進学したが同じクラスにはならなかった。クラブや部活も別だ。顔をあわせれば話はしたし、一緒に帰宅することもあった。僕らは友達だった。数年後、僕は県立高校へ進学した。地元ではいちばんの進学校だった。栄ちゃんは別の県立高校へ進学した。僕らは知人になった。高校に通っているときにボスが車にはねられて死んだ。

数年後、僕は東京の大学へ進学した。数年後、成人式で栄ちゃんと再会した。彼は浪人していた。栄ちゃんから「学校の先生になるの?」と聞かれて虚を突かれてしまった。先生になる夢など僕は忘れていたからだ。どう答えていいかわからず「そうだね。これからが正念場だよ」とその場しのぎで答えると「やっぱり勉強ができる奴はすごいなあ」と彼は言った。心の底から感心しているようだった。違う。もう僕は先生を目指していないんだ。栄ちゃんは別れ際に「なんとか大学にひっかかって地元の会社に入れるように頑張るよ」と言った。数年後、大学を出て数年経った頃、栄ちゃんが大学を卒業して地元の信金に就職したという噂を聞いた。栄ちゃんの話はいろいろなところで聞く機会があった。同じ街で暮らしているから当たり前だ。でも彼と会わなくなってから彼の話を耳にするのが少し苦しかった。失言がゾンビのように蘇ってくるのだ。「先生にはなれないよ」なんて言わなければ、「まだあの夢を追っている」なんてくだらねえウソをつかなければ、そんなIFは無意味で無力だった。

さらに数年後、外回り営業の途中、35歳になった僕は自分が生まれ育った昼間の街を久しぶりに歩いた。季節は7月の終わり。相変わらず海と山に挟まれた小さな街だ。小学校も変わっていなかった。僕が通っていた頃と違うのは、生徒たちが水筒を持っていることと様々な色の帽子をかぶっていること。ダサい黄色い帽子を被らせていた当時の大人たち、現後期高齢者たちをぶん殴ってやりたい。校門から小学生たちが飛び出していく。かつての僕たちだ。校門のところに先生が立っていて、生徒たちに「車に気をつけろよー」「宿題忘れるなよー」「さよならー」みたいな今も昔も変わらない声かけをしていた。

先生の顔を見て一瞬でわかった。先生は栄ちゃんだった。見間違えやしない。彼は夢をかなえていた。僕の言葉の攻撃くらいで破壊されるようなやわな夢ではなかったのだ。声はかけずにその場を立ち去った。友達から仕事中に声を掛けられるのっていやじゃないか。あのクソ重い「おどうぐばこ」を持って帰った夏休み前日。栄ちゃんが「この重い箱を一度も地面に置かずに持って帰れたらいいことが起こるんだ。やるぞー」と気合をいれていたのを僕は思い出していた。バカな栄ちゃんが速攻で地面に置いたのを見て爆笑したことも。でも僕は思うのだ。栄ちゃんの「おどうぐばこ」には彼の夢が入っていて、彼はそれを一度も置かずに自分のペースで目標に向かってじりじりと向かっていたのだと。ゾンビに化けて僕の夢に出てくる暇なんかなかったのだと。そしていいことを起こしたのだ。神にも仏にも頼らず、スローペースで、己のチカラで。

夏休みがはじまる今の時期に思い出すのは、あの重い「おどうぐばこ」を、汗をだらだら流して運んだ小学二年の日の苦い記憶だったけれど、今はその苦さが抜けて爽やかな記憶に変わっている。変えられるのだ、変えようと思えば、なんでも。誰でも。(所要時間34分)