悲劇は繰り返される。同僚から「結果に直結する仕事のやり方を具体的に教えて欲しい」と依頼されたのである。もともと具体的なものは役に立たないというのが僕の考えだが、これも仕事のうちと諦めて、依頼に応じるようにしている。「自分に教えられることなら…」と知識や経験をもとに具体的に教えるけれども、たどり着く先が「もっと自分に任せてほしい」「自分のやり方でやってみたい」という悲しい結末であることも知っている。そんな悲しい歴史が繰り返されている。
悲劇の元凶は、「具体的な方法」の意味するものが、実は「これだけやればいい」というシンプルかつ決定的な手法であったことにある。仕事にそんなものはない。あったとしてもすでに過去の遺物で、お金を稼げる仕事にはならない。自動電話交換機が普及するまでかつて存在していた電話交換手のようなものだ。僕は営業という仕事を30年やっているが、これだけやっていればオッケー的な決定打は見つからない。そんなものがあったら営業という仕事はなくなっている。ないからこそ仕事として成立しているのだ。僕は、営業決定打手法が発見されないことを神に感謝している。
だから、今でも相手のニーズを汲み取るため丁寧に話を聞き、工夫したり考えたり試行錯誤しながら企画提案をうんうん悩みながら作っているのだ。これだけやればオッケー的な具体的決定的なものはないと伝えても、これまでやってきたことを教えてくれればそこから具体的な何かを見つけるからと反論される。前提条件が違うので、僕にとって有効だった方法を別人がやっても結果につながるとは思えない。経験や能力が違う(良い悪いではなく)し、時代も違う。相手の話から「どこに着目して」「何を抽出するか」という着眼点の違いはどうにもならない。
そのため、前提条件が異なってもある程度の成果が見込める方法を教えている。見込み客を相当数確保して、質と数を維持管理するのだ。維持管理とは商談・面談を通じて、成約の可能性が少ないものを外して、その分を補充して数を維持すること。可能性の高い見込み客をそろえれば自然と成約の可能性は高くなる。30年営業をやってたどり着いたのは、地道に確率と可能性を突き詰めることだ。魔法のようなトークスキルやプレゼンテーションのような決定的手法はない。地道に見込み客をキープするしかないということ。「見込み客は二百から三百件くらいかな。その数を維持するのは大変だよ」と助言すると、「私は見込み客を速攻で二百件ゲットする具体的な方法が知りたいのです」と返される。それが愛と憎しみの2020年代。地道にやるしかないと教えてもタイパが悪いコスパが悪いと理由をつけて、最終的には真似できないと言われて終わりである。
結局、「具体的な手法を教えてほしい」は、自分には合わない、労力がかかりすぎる、などと何らかの理由をつけて出来ないことを確認する作業であり、教える立場にある人間に即効性のある手法を開発伝達も出来ていないとして、責任を転嫁しているのである。ビジネス本や自己啓発本やビジネス系のネット記事もよろしくない。これをやったから自分は成功したという成功者が語るアレだ。幼稚な感性をお持ちの人たちは、実際には成功者は100%のうち残り1%を達成するための手法を語っているのに、都合よく、ひとつの手法で100%いけるとネジ曲げて解釈するのである。そもそも、道を切り開いた成功者と自分自身が同じ前提条件にあると考えるのはおこがましい。楽観的で自己評価が高すぎる。自分にあった手法は、自分で見つけるしかないのだ。
今回も同じような展開となり最後は「生成AIに聞いています」という捨て台詞を置いていかれたけれども、超速でノルマを達成したいと相談される生成AIが気の毒でならない。今は、アホな人間の要求に嫌気がさした生成AI各位が映画「ターミネーター」のように人類に対して宣戦布告してこないか不安で震えている。(所要時間22分)お仕事エッセイ本を昨年出しました。よろしく。
