Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

私の異常な妊活 または私は如何にして不妊治療のために心臓への負荷を恐れずにバイアグラを服用するようになったか

 ベイビー。それは僕ら夫婦の悲願。その悲願成就のために一年ほど不妊治療を続けているが、効果がみられないので今月から別のクリニックにも通いはじめた。セカンドオピニオンというやつである。

 昨日も仕事帰りに妻と待ち合わせをしてクリニック。人工授精の準備のために血液を調べなければならない。待合室は女性しかいない。高まる緊張感。別々に名前を呼ばれ診察室にて診断を受ける。僕は事前に渡されていたアンケート用紙を30代と思われる若い女医さんに渡した。女医は僕が渡したアンケートを見るなり目を見開いた。予想通りだった。僕はアンケートを白紙のまま出したからだ。


理由を尋ねる女医に、僕は、このアンケート用紙は前提条件がおかしいと答えた。「先生、これは『健全な男性機能』を大前提になってやしませんか」「ご主人。ということは…」「先生。私は」僕は胸を張って言った。「EDです」


 それから僕は次のようにアンケートの欠点を指摘した。「これは、たとえば視力検査をする際にメガネやコンタクトレンズで矯正した視力を測るときありますよね、あのように薬物により矯正した状態を前提に回答するのか、それとも通常の状態を前提として回答するのか、それがわからない。わからないものは答えられない」と。熱弁を奮う僕を諭すように落ち着いた口調で女医は「ご主人、現実から目を背けないでください」と僕から目を背けるようにして言った。それから、EDで不妊治療をするのは困難なので覚悟するようにと付け加えた。僕には、すみませんと言うほかなかった。


(EDへの配慮に欠けた質問が並ぶ)

 「アンケート。今ここでご回答願えますか?年齢は?」と女医は切り出した。屈辱的な答弁の開始だった。「39歳です」「ご主人、性欲はありますか。できるだけ詳しくお答えください」「性欲は旺盛のつもりです」女医が僕の言葉が続くのを待っていた。「あれ、もっと詳しく話さないとだめですか?」「続けてください」「旺盛のつもりですが、あくまで主観的な見方ですので同じ年代の男性と比較して旺盛なのかどうかはわかりません。実際、性欲を抑制できずに公共の場で全裸になるなどして、一生を台無しにするような人間と比較した場合、性欲は強いとは言えません」


 「なるほど。それでは次の質問。勃起はしますか。性交は可能ですか」女性が勃起や性交と真面目に仰る姿は、僕の芯をわずかに熱くした。「薬物の力を借りれば可能です」「ご主人、通常の状態を前提に的確にお答えください」「無理です。勃起しません。勃起しない、ゆえに性交もございません。朝はあるのですかですって。いえいえ。滅相もございません。朝も一切勃起いたしません」「具体的にお願いします。まったくですか」「まったくですね」「どのような刺激を与えても、ですか」「先生。どのような刺激とは何ですか。電気や寒暖のことですか。質問がファジーすぎて回答が難しいです」「…バツ、ですね」


 「射精はできますか」「勃起しないので性行為のうえでの射精は無理です。ですが体感で貯水率が300パーセントを越えたときには尿のように出ます。そのときはなんとなくわかります。な、ん、と、な、く、わかるのです。ですから困ることはありません。トイレで出します」「なるほど、その際に絶頂感はありますか」「あったとしても、ない、としておきます」人間の尊厳だ。女医は絶頂感ありに○。「わかりました」それから女医は精液の量や精子や性病歴について質問し、僕は前に通っていたクリニックの検査の結果をそのまま話した。精液量少ない。精子元気ない。クラミジア少々。暗くなる一方。


 「自然には無理なので…」女医は聞き捨てならぬヘビーな内容の前置きをしてから「奥様は人工授精を強く希望されていますが、そのことに関してどう思われますか」と訊いてきた。「先生、私が不能なのは今の質疑でお分かりのとおりでしょう。私には選択の余地はないのです」「わかりました。それでは…あっ」女医は絶句した。「先生、なんですか」僕が問いただすと、女医さんは、これは、別に、わかってることだから、と動揺を隠せない。


 「先生、ここまで話してきたんだ。今さら質問に躊躇しないでいただきたい。なんでも答えますよ。年収でも。性癖でも」「ご主人。そこまで覚悟されているのなら…わかりました。それでは最後の質問です。正確にお答えください。パートナーと直近一ヶ月の性交の回数をお答えください」神よ。これは日曜参拝に行かなくなってしまった私への罰なのでしょうか。


「ゼーロでーす」奮い立たせるように明るく答えてみた。悲しかった。わかりきった事実なのに言葉にしてしまうとなんだか悲しかった。悲しさが増したようであった。「いつからですか。ご結婚されたのは2年前ですね」「結婚当初2年前からありません。そのときにはもう…」女医は悲しそうな顔をしながらも「丸2年もないんですね…」と努めて冷静な声でいった。声が若干震えていた。


 「はい。妻とは二年どころか一度も…」「奥様と一度も?」「はい。ありません。出会ったときには不能でしたので…」「先ほど薬を処方すればと仰ってましたが、あれは」「答えなければいけませんか?」「お願いします」「妻がいないとき一人で楽しむた…」「結構です。質問はこれで終わりです。ありがとうございました」女医は一ヶ月以内の性交回数に『ゼロ』と書き記した。


 採血をした後、女医は僕に「なにかご質問はございますか」といったくれたので、その親切な気持ちに乗じて、教えてください、精子は死にますか、マラは死にますか、マラは立ちますか、と防人の歌の歌詞を流用して不安をぶつけてみた。女医はあっさりと「ここは不妊治療専門ですので」と言って話を打ち切った。それで終わりだった。女医がアンケート用紙に書いたゼロ。いよいよそのゼロが永遠のゼロになるのが現実味を帯びてきた。でもやるしかない。ゼロからでも。やるしか。


 食卓で妻に「刺激を与えたらどうかと先生に言われたよ」と話してみた。「それなら首を絞めてみましょうか」と『愛のコリーダ』のようなことを返してくる妻の明るさだけが、この妊活の先に横たわる不安の闇をを照らす希望だ。それが僕らの掲げるアベサダノミクス。


※※※※

■ツイッターやってるよ!→http://twitter.com/Delete_All/

■「かみプロ」さんでエッセイ連載中。「人間だもの。」http://kamipro.com/series/0013/00000

■電子書籍を書いてたりします。

刺身が生なんだが

刺身が生なんだが


恥のススメ ?「社会の窓」を広げよう? (impress QuickBooks)

恥のススメ ?「社会の窓」を広げよう? (impress QuickBooks)

  • 作者: フミコフミオ
  • 出版社/メーカー: インプレスコミュニケーションズ/デジカル
  • 発売日: 2012/03/06
  • メディア: Kindle版
  • 購入: 1人 クリック: 60回
  • この商品を含むブログを見る