Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

コトバ

 部屋で沈んでいても仕方ないので過去を振り返ることにした。


 物心ついたときにはピアノを弾いていた。三歳の僕が鍵盤の前で笑っている写真がアルバムにあるので、そのころから鍵盤を叩いていたことになる。僕の先生は、どこかの音大をリタイアした人だった。致命的に集中力の持続が出来ない、決定的に練習が嫌いだった僕をあの手この手で鍵盤の前に座らせることに成功していた。僕の抵抗は彼女の前では意味を為さなかった。たとえばこうだ。「よしふみクン(仮名6歳)の好きなものは?」「オッパイ!」「じゃあ鍵盤を先生のオッパイだと思って触れてごらんなさい」「先生のオッパイヤダー」「それならこの前レッスンで会ったマリナお姉さんのオッパイだと思って触るの」「触るー。黒いトコロはオッパイの先っちょだあ」 先生は大好きなお姉さんのオッパイだと思って力を抜いて鍵盤にふれなさい、とだけ仰ってソファに座り紅茶を飲みながら僕のピアノをいつも聞いた。そうやって見事に先生にコントロールされて僕はピアノに夢中になった。今でも気を抜くと黒鍵に触れる瞬間、瞬間にピンっと張り詰めた緊張感にも似た感覚が全身を巡って、白鍵とくらべるとソフトに触れてしまうことがあるのはこのせいだ。

ピアノについての僕の認識(1977〜1980)「白鍵=乳首以外」 < 「黒鍵=乳首」


 でも、これは間違っていたんだ。


 或る日、先生はいつものようにお手本をみせたあとでお茶を飲みながら、全ての鍵盤への意識を均一にして音の粒を揃えるように、と仰った。白と黒の二色で構成された鍵盤は、ひとつひとつ独立した尊重すべきものであると。すべて愛すべきものであると。アツコお姉さんの小さいオッパイもマリナお姉さんの大きなオッパイと同じように愛せよと。先生はピアノを通して世界の在りよう、生き方を教えてくれたのだ。

ピアノについての僕の認識(1980〜2007現在)白鍵=黒鍵=世界=乳房 


 これが正しい。


 「そっかー全部(のオッパイ)をアイさないといけないんだね!」「そうです。そのとおりです」僕がどんなに馬鹿なことを言っても先生は優しかった。そんな日々が何年か続いた。そして最期の日、先生が言った言葉はその後の僕の人生を決定付けることとなった。



「あなたは強い人です。強い人は周りの人や世界に対して優しくしなければいけません」



 先生、天国から見てるかい。紅茶の香りがするとソファーに座った先生の姿が見えるような気がするよ。人に優しく生きてきたつもりだけど、僕は強くないから辛いことばかりです。アツコお姉さんもマリナお姉さんもお嫁にいってオッパイを触らせてくれなくなってしまいました。先生知ってる?知らない人のオッパイを触るとオマワリサンに連れて行かれちゃうんだよ。生きていくのは辛いです。また先生のレッスンを受けたいです。