Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

しっかりしろ。君はオッパイだけなんだ!


午後七時、仕事が一段落したので休憩室へと足を運ぶ。休憩室は僕ひとりだった。窓の下には鉄道が東西に伸びている。時折走りすぎていく等間隔に切り取られた四角形の光。ビルの黒いシルエット。先端で点滅する赤い光。星のない夜景は人口の光と影で構成されているといっていい。


 そんないつもと変わらない光景を眺めていたら、なぜか駄目だぁと気が滅入ってきた。駄目な気分で僕の身体が喉のあたりから真っ二つに引き裂かれてしまいそうになった。僕は誰も見ていないのをいいことに窓に手をつき、膝をがくりと落として落胆を体全体で表してみた。「駄目だああああああ」ズルー。「僕はもう駄目だああああああ」ズルルルルー。湿り気を帯びた窓ガラスに僕の手の跡が真っ直ぐについていく。


 「何が?」


 誰もいないはずの空間に同僚が立っていた。いつからどこからいつの間に。「いや、自分はアニメにたとえるとどのあたりの立ち位置っていうの?キャラクターなのかな?って思ってさ。色々考えたのだけど僕はヒーローにも悪人にもなれない。なんて中途半端で駄目な奴なんだって嘆いていたんだ…」笑えない苦しい言い訳をする。逃げ切れない予感。


 「アニメというと範囲が広いから絞って検証したほうがいい」同僚は冷静。ヤツは本気だ。困る。大いに困る。弱っている。逃げたい。逃げよう。大人の男らしく強い意志をもって話を切らなきゃいけないと思いつつも「たとえば?」、逃げられずに応じてしまう僕はもうすぐサーティーフォー。「とりあえずアニメといったら宮崎駿さ。ひとつひとつ検証していこう」不毛なメリーゴーランドがガタゴトと動き出す音が聞こえた気がした。


「ナウシカは…」「男のナウシカなんて見たくないし、ノーパンなんて変態だ。30代半ばの君では体力的にもノーパンで冬は越せないだろ」


「パズーなら…」「腕力ないからシータが落ちてきたのを支えきれずに落としちゃってジ・エンド。物語が始まらない。観客に失礼だと思わないか?」


「トトロくらいなら…」「そう見えても一応君は人間だろ?」


「ポルコ・ロッソ…」「飛べないヲタはただのヲタさ」


「さつきとメイのお父さん…」「あの演技力で公衆の面前に立つ図太さが君にあるとは思えないが?」


「随分と僕に対して否定的だね」「親身といってくれないか?」


 加湿器が静かに二人の間に靄を吐いていた。同僚は続けた。「君は名前もないキャラクターくらいにしかなれないんだ。ヒーローなんてとんでもない。死ぬまで駄目を繰り返すごくつぶしのろくでなし。それが君の正体だ。現実だ。目をそらすな。逃げるな。そうだな…アニメでいったら君はナウシカを怒り悲しませるぺジテの民だ」


「ペジテの民?あの変なマシンで幼虫をぶらさげて運ぶ?」


「そう。生存のため、自己保身のために王蟲の幼虫をさらって王蟲を誘導する誇り高きペジテの民だ」


「雑魚キャラなのは仕方ないけれど、ナウシカに嫌われるのはいやだなあ」


「現実をみろ。君は働いて給料を貰うのが精一杯にみえる。上司は君を真っ当に評価してくれているかい?女性陣に好かれているかい?街を行く女子高生と素敵な出会いがあるかい?ないだろう?これからもきっと君にはそんなことは起こり得ない。だったら醜くても生きてやるんだよ。ペジテの誇りを胸に生きるんだよ。ナウシカが金色の野を歩こうが、ラピュタが天空に消えていこうが関係ない。君は君なりに銀幕に映らないところで生きるしかない」


演説は続いた。


「もしかしたら二次元キャラクターを超えるオッパイに街角で出会って懇ろな関係になる可能性も一万分の一くらいはあるかもしれない。でも、ヒーローを目指すな。友人として言わせてもらう。オッパイの話をしている君は生き生きとして凛として美しい。輝いている。オッパイに集中しろ。もっとオッパイ好きを前面に出していくんだ。オッパイのない君はただのヲタだ。あえて言おうカスであると。目を覚ませ。ヒーローなんて夢をみるな」


「ありがとう。目が醒めたよ。君の友情に感謝する。良かったら今のプロジェクトが落ち着いたらおっぱいパブに一緒に行かないか?」


友人は何も言わず右手の親指を立てて爽やかに笑った。我ら、誇り高きペジテの民。蟲にも人にも嫌われる。でも生きる。しぶとく強く生きる。明日のオッパイパブを夢みて生きる。僕は僕自身を肯定する。イエスイエスイエス!イエスオッパイ!イエスオッパイ!