Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

駄菓子屋ガール・ロックンロール

 地元にある駄菓子屋は婆さん一人で切り盛りしてるような小さい店でお世辞にも綺麗とはいえない。もう25年も前の話になるのだけれど、婆さんの駄菓子屋の店頭にはカラフルな飴玉がつまった瓶、駄菓子、水風船、零戦ヒコーキが溢れ、毎日のようにボンクラ小学生が取り囲んでいた。僕もそのうちの一人で「うまい棒」や「よっちゃんイカ」や「ベビースター」を毎日のように買っていた。そこは僕らの宝島だった。


 ガンプラが流行ったとき、プラモ屋が「ド・ダイYS」とザクの「武器セット」を抱き合わせにするような阿漕な商売をして、「あそこではもうプラモ買わねー」「エンガチョ」「店の前に犬のウンコ置いちゃおうぜ」「立ちションしよーぜ」と百円玉3枚を握り締めたボンクラ小学生の失望と顰蹙と怒りの標的になったけれど、婆さんはそんな商売っ気を微塵も見せることなくガンプラが入荷するや否や「シャーガンダムあるよ〜」と僕らに声を掛けてひとつずつ売っていた。


 「うおおおおお!スゲー!ガンダムだああ!シャアだああ!」とHONDAシティの物真似で店内に入っていった僕らは三段に積み重ねられたプラモの箱の前で肩を落とした。往々にして婆さんのいう「ガンダム」や「シャア」は、「ザクレロ」や「ゾック」といった小学生の目からみてもかなり「ダサい」ものだったからだ。こんなものが僕のガンプラ第一号になるなんて許せなかった。小学生のプライドが許さなかった。そのうえ百円玉3枚では「ザクレロ」も「ゾック」も手が届かない代物だった。そんなときは仕方なくうまい棒を肴にラムネを飲んで皆で笑ったものだ。「ガンダムじゃねーよー」「シャアでもねー」炭酸が喉を越える感触はいつも心地よかった。


 中学から高校へと進むにつれ店とは次第に疎遠になっていった。第二次成長期を迎えた僕の頭はオッパイで占められていった。マイナス百度の太陽でも冷却出来ないオッパイ熱に四六時中やられ、周囲の女の子たちのオッパイが日に日に大きくなっていくのと歩調を合わせるように重度のオッパイ・ジャンキーへ。オッパイ、オッパー、オッペスト。ツッ、ツツッ、ツツツツッとホップ、ステップ、ジャンプするように確実に成長していった。真性ボンクラへと急降下しながら僕は毎日、婆さんの店の前を通って通学した。婆さんは僕らの成長を見守るように店先に木製の丸椅子に腰を下ろしていた。婆さんの周りだけ時間が止まっているように見えた。


 社会人になって何年か経ったころから、夏休みの時期に駄菓子屋の婆さんのポジションに女の子が立っているのを見掛けるようになった。店の前を車で通り過ぎた際に見掛けただけで、ヤクルトスワローズの野球帽を被っていたり、水を撒いたり、子供の相手をしていてその子の顔立ちまではよくわからなかった。アルバイトを入れる余裕があるような店にはとてもみえなかったので、婆さんの孫娘が夏休みを利用して手伝いに来ていると推し量った。


 婆さんの店がこの春先に閉店したのを知ったのは日曜の朝だ。小さな町なので情報はすぐに集められる。婆さんが亡くなったあと店を引き継ぐ人間がいなかったこと。最後の日、婆さんはお向かいのおにぎり屋に「お迎えがきちゃったよ」と言いながらいつものようにおにぎりを買い店を開けたこと。昼過ぎに倒れてそのまま帰らぬ人になってしまったこと。僕はあのヤクルトスワローズ帽の女の子をふと思い出した。たまたまあった地元の会合で駄菓子屋の婆さんと孫娘のことを聞いた。「孫なんていない」と皆が答えた。あの婆さんは終生独身で、孫はおろか子供も夫もいなかったという。婆さんにとってあの店は全てだったのだ。


 時間が止まってるなんてとんでもなかった。駄菓子屋婆さんは全力でぶっ走って走って走って走って走って走り抜けてゴールテープを突き抜けてからも、もんどりうって転がって全力でぶっ倒れたのだ。駄菓子屋ロードを駆け抜けたのだ。僕が子供から大人になるよりずっと長い時間を。たった一人、小さな町と、子供たちを見守りながら。最高に格好いい人生に思えた。


 日曜の夕方、駄菓子屋の前を通りかかった。降ろされたシャッターは錆びが目立ち、貼り紙を止めていたテープの残骸だけが4つ残されていた。かつての宝島の賑わいは跡形も残されてなかった。街灯のスピーカーからはオルゴール調に編曲されたオールディーズが夏の夕べの空気のなかへと流れていた。その音色はキンキンと鳴り、ただでさえ水を撒かれておらず乾燥し砂っぽくなっている店先をさらに乾いたものにしていた。砂混じりの熱気は婆さんの不在を感じさせた。あの格好いい婆さん。「僕も最後まで走り抜けるような人生を送りたい」「送れるだろうか?」「ぶっ倒れるくらいに走り続けられるだろうか?」「『ザクレロ』みたいな不細工でも構わないさ」何十年か先の爺さんになった自分のことを想像しながら商店街を歩いた。


 結局、あの女の子のことはわからなかった。ただのアルバイトだったのかもしれない。でも僕は、あの女の子は婆さんの気持ちとか情熱とかそういうものがブワフッと浮き出ただったのではないか、全力疾走婆さんのハートだったのではないか、そう思っている。そうであったら素敵だと思う。それが神様の悪戯か偶然の産物だったとしても構うものか。あれは婆さんのスピリットに違いないんだ。