早朝のまな板に青いシグナルを見た俺は何人目かの叔父を冥土に送って会社を休み横浜へ向かった。困ったとき、俺はいつでも東急ハンズ横浜店に足を運ぶ。なぜ横浜か…ふっ、いい質問だ、俺は横浜駅から東急ハンズまでの途上ひとりほくそ笑む。答え、最寄の藤沢店、閉店。ジャストファクツ。「諸君らが愛してくれた藤沢店は死んだ!なぜだ!」っつー激情、同棲していたサゲマンと安い雑貨を求め「あ〜この石鹸入れかわいい〜」「おいおい石鹸入れの前に入浴剤だろゲラゲラ」っつー甘い記憶、それらは僕の前でごちゃごちゃになって淡い光の束になった。光の束はいつも、伸ばした手の、その先にあった…っつーセンチメンタルなんぞは皆無で、そもそも思い入れも同棲経験もないし、東急走ってないからな、藤沢、悲しいけどここ地方都市なのよね、なんて、はは、諦めの早さと醒めているのが僕らジェネーレーションエックス、カリスマはウィノナさんとキアヌさん、の特徴。んでスノコ、トランプ、仏像をつくるための木片などといった生活必需品をカゴに入れた俺は、一応若い女性の肌と外見を持った商品案内係の店員に、恋の可能性を見い出し、声を掛けた。「頭が痛むのですが」「薬局に行ってくださ〜い」。ほい終了。なしなし。今のなし。心の濁ったつまらん女に構っているほど人生長くない。で、帰り。JR横須賀線。ほぼ埋まっているシートでは平均1300ミリメートルの高さにある黒い頭が、一定のBPMで電車に揺れている。俺は座る。吸い込まれるように優先席。出たよ。少し陽気が良くなるとボウフラのように湧いてくる半ズボン馬鹿。年金未納の生意気なすね毛が、うららかな日射しで熱されて発火しねえかな、などとしばらく、おだやかに、ぼんやりと、眺めて、あーこういう負のパッションがムシャクシャしてやった的な若者の暴力的かつ理不尽な感情の暴発を産み出すのね、ああこりゃ、いかんいかんいかん、人生の先輩たるワタクシがその、フォースの暗黒面に落ちてはらめぇーなのだ、さ、争いごとの嫌いな己を取り戻そうと老若男女気軽に持ち運べる優しい設計の任天堂製ゲーム機(タッチペンは紛失)を取り出しファミスタを始め、グライシンガーから先頭打者GG佐藤が初球ホームランを、カーンとやってキモティー!なんてキモく、軽く、ガッツポーズをした俺の前にいかにも弱っているじじいが、いかにも国民年金だけで生活しているような服装で、いかにも老衰による筋肉の劣化でやっと歩いている風情でやってくる。ははーん、なるほどね〜と俺は一切を見抜くがファミスタに没頭していたせいで寝たフリに移行するタイミングを一瞬失い、奴の眼底にヘドロの如く堆積した、「わたしは…毎晩…死兆星を…見てい…る…」っつー独白を発見してしまう。そのあざとさ。マジでクソ。はは。てめーの頭んなかの死兆星だけのプラネタリウムなんか知るかっての、しかし俺は悩む。モーレツに苦悩する。世間体を人一倍気にし、面倒で疲れる争いを表面上極力避け、裏工作でサバイブしてきた俺は結局、じじいに席を譲る。じじい、これで満足か、とじじいの形をした生き物を見やると、夕刊紙の風俗面に夢中になりニヤケているだけでお礼を寄越す様子すらない。ま、こんなもんだよね。と周りの様子を見渡すともっと早くじじいに席を譲れボケ、などという学無き大衆の心無き視線がびゅるびゅると俺を目がけて飛んでくるのを感じる。腕が疼く。腕にぶら下げたる紙袋。暴発した弾丸となった俺はここからプラスチックまな板を取り出して頭上に掲げ、奇声を発しながら周りにいる心無き人々をまな板でボコスカと殴るのだ。「ああっ!急に、急に、まな板が!暴れ出して!手が勝手にー!手がー!手がー!」と絶叫しながら。ま、一人ブン殴っても千円札が貰えるわけでもないし、金にならないことを俺はやらないし、カビが生え真っ青になった木製まな板の代わりに買ってきた新品のプラスチックまな板を、わざわざ血糊レッドに染めることもあるまい。わかるか?お前らはプラスチックまな板以下だ、俺の見えないところでプリクラを撮り続けろ、ツタヤでポイントを貯め続けろ。それにだ。俺は見つけた。ドアの傍に立つ一人の美少女を。恋は人を柔らかくする。DSからファミスタのテーマを流しながら近づいていくと、悲しいかな、まだ子供だからだろうね、大人の男のね、臭さと魅力にね、気づかないのね。で、虫けらを見るように俺を見るわけ。虫。俺は思い出す。保健室の前にあった寄生虫のポスター。うわーこんなデカグロいのが体のなかに入っているのかーなんつってさ、あれ、あの虫になるよ俺は、失うものないし、千の虫に、千の虫になって(ただし回虫)、キミを見守るよ、キミのお尻の穴から体のなかにはいってさー、キミのBPMに包まれて俺は真の愛に目覚めるのだ!なんて浮かれているうちに外は見慣ぬ風景で、慌てて電車からホームから飛び降りた拍子で紙袋から飛び出した買ったばかりのスーパーボールを必死に追いかけ、黄色い帽子を被った子供らに哂われ、俺のズル休みはおしまい。