Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

タイムマシンの恋人


秋の新宿駅埼京線ホーム。「あなたとは終わりよ。だって…」。彼女の言葉は僕の耳に吸い込まれる直前で発車ブザーに弄ばれ、それから永遠に喪われてしまった。彼女は初めて出会ったときの言葉を覚えているだろうか。僕はいまでもはっきりと覚えている。彼女はこう言ったんだ。「あなたはずっと前から出会うって決まっていた運命の人なの」。


 すこし肌寒い秋の夜になると彼女を思い出してしまう僕は情けないやつに見えるかもしれない。仕方ない。僕は僕にはそういう側面があるって僕自身で認めている。女の子は現実的な考えをする生き物だ。それゆえ古今東西の男の子は古今東西の女の子の、手品のような、魔法のような、予想もつかない言葉、行動に振り回されたりするのだ。でも僕は女の子特有の現実主義に勝機はあると考えていたんだ。


 通り過ぎる女性たちが振り返ってしまうほどルックスに優れ才能に溢れ多くの名声を持つ僕と彼女の周りにいるボンクラをなにかのきっかけで冷静さを取り戻し天秤にかけた彼女が僕のもとへ戻ってくる可能性は高いと僕は信じていた。実際、僕は恋人として誠心誠意尽くしたはずだし、致命的な喧嘩をした記憶もない。彼女の気分がまわり続けるカレイドスコープの模様のようにコロコロと変わりつづけていて、まだ僕といたときの模様へ回復できないでいるだけなのだ。カレイドスコープの模様が同じ模様を描く可能性がどれくらいのものなのか僕にはわからないけれど。


 彼女は僕の信心と予想を裏切り、僕のもとへ戻ってくるどころか、電話の一本、メールの一通もよこさなかった。そんなときだ。皮のつなぎを着たタイムマシンちゃんが僕のところにやってきたのは。オリオン座流星群を眺めていた僕の前にタイムマシンちゃんはプリウスに乗ってやってきた。タイヤの焼けたゴムのねばっこいニオイの湧き上がりと白煙の立ち昇りの向こうから悠然と現れたのが、裸にダイレクトで皮のつなぎを着て、こすれていまにも悲鳴をあげそうなほど悲痛に赤色な乳首が先端にあるオッパイぼよよんの金髪碧眼タイムマシンちゃん。


 その非現実性がかえってタイムマシンちゃんの言う「タイムマシンで自由に未来と過去を行き来できる」ってコミックみたいな台詞のリアリティを補強していた。僕がタイムマシンを使ってみたいというと「じゃあ」と鶯谷のヘルス嬢のようにかぱっと服を脱ぎ裸になり四つんばいになったタイムマシンちゃんは「あたしのヴァジャイナにピナスを突っ込めばタイムゲートは開くわ。一度腰を打ち付けるたびに一日分時間を遡れるわ」と言った。「未来に行くにはどうすればいい」と訊くと「簡単よ。正常位でピストンすればいいの」。


 三度の中折れに負けずに660回ほどピストンして660日ほど過去へ飛ぶ。二年前の晩秋。場所は新宿駅。午後11時。僕と彼女が最後の場所だ。いた。僕とあの子だ。いかにも善良って感じの僕に別れを告げる冷血ビッチ。あーあ昔僕は今にも涙で爆発しそう。情けない。イライラする。あ、別れた。思ったよりあっさりしてるな、って呆気にとられていると彼女が何事もなかったように携帯をピコピコやりながら歩いてくる。きっと年齢を十ほどごまかして援交相手でも探しているんだろう。後ろにいる僕はいまにも新宿駅に溶けてしまいそうだ。死んでしまいそうな顔しているけれど死なないから安心。僕は何かに押されるように彼女のところへ走っていた。


 彼女の目を見開いた驚き顔。背中においてきたはずの人間が自分の正面から現れたらそりゃ驚くわな。「何か用?」「うっせー。ブス。てめー何様だと思っているんだ馬面。馬なら馬らしくニンジン詰まらせて窒息して死ね。お前よりいい女なんてな日本だけで6000万人はいるわ。二度と街から出てくるな。駅のホームやデパートの階段では後ろに気をつけるこったな。はははザマーミロ。一生呪ってやるからなザマーミロ!」。


 それから僕はタイムマシンちゃんを何千回かバックで突いて20年前平成元年の夏へ飛んだ。小学校の校門から小学6年生の彼女が出てくる。変装セットで素顔を隠して彼女に近づきハローワークで撮った証明写真を見せながら声をかけた。「おじょうちゃんこの写真のお兄さんが将来おじょうちゃんの恋人になる人だ。おじさんは未来からやってきたから知っているんだ。信じられないかい?じゃあ今年の日本シリーズの結果を教えてあげるね。もしこの結果が当たっていたらおじょうちゃん、この写真のお兄さんのことを好きになるんだよ。いいね?ジャイアンツとバッファローズが戦って4勝3敗でジャイアンツが優勝。しかも3連敗からの大逆転だよ。もしおじさんの言うことが当たっていたらこのお兄さんが現れるまでほかの人を好きになっちゃ駄目だよ。もしほかの人を好きになったらおじょうちゃんは自動車にひかれて首ちょんぱになってしまうんだ。いいね?」。幼い彼女に写真を渡した僕は道路の真ん中で仰向けになっているタイムマシンちゃんに覆いかぶさって腰を打ちつけた。大きな声で泣く少女の周りには人が集まり始めていた。