Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

宅急便配達は二度ベルを鳴らす

この日記は平成22年5月末に書かれた。ごく私的な愛の記録であるので、公開するつもりはなかった。だが、この地上で僕と同じような立場にある人の一助になればと思い、公開することにした。
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昨今の日本の夏はたいへん蒸し暑く、過ごしにくいので、地方都市生活者の端くれである僕は、病めるときも、健やかなるときも、郊外のホームセンターで極めて安価に流通販売されていた木製スノコのうえで生活している。自慰行為も例外ではない。いやむしろ、しゅかしゅか自己発電中、心拍数ははね上がり、多少の発汗では放熱しきれないほど体温は上昇する。だから僕は夏季の体調管理について助言を求めてくる同僚営業マンに、課長という立場からではなく、ひとりの男としてオナニー・オン・スノコを推奨している。あの日の僕もオン・スノコ。EDを患っている僕はワールドカップ公式球のような名前を持つ錠剤バイアグラを服用して、覇っ。一人で鬨の声をあげてスノコに騎乗し、ことに及んだ。及ぼうとした。風の吹きぬける初夏の夜風は心地よく、僕はブリーフを下ろしたままたちまち眠りに落ちてしまったのだ。


 翌朝、うつぶせで目覚めるとスノコに挟まっていた。猛々しく膨張した身体の一部が挟まっていた。一二の三の要領で倉・科・カナ!とつぶやき一気呵成の勢いで引き抜こうとした。すると子供のころ、社会の窓に敷設されたファスナーに先っちょの皮を巻き込んだときと同じ激痛の獣が全身を疾駆した。あのとき助けてくれた父も、血の滲んだ皮も、今はもういない。


 苦労してそろそろと立ち上がり蛇のように首を伸ばしてスノコから突出した部分を観察した。それはまるで充血したウーパールーパー。それはまるでマリオに踏み殺される前のクリボー。いずれにせよ、ぷるぷる瑞々しく生気がみなぎっていて、生きている、まだ死んでない、と僕うっとり。って悠長なことはいってられない。人が尋ねてくるかもしれないし、いつ特殊部隊がドアや窓から侵入してくるかわからない。現代社法治国家においてはどんな理由であれ股間にあるものをさらけ出すことは許されない。それにキメキメしているせいか空気に触れているだけで気持ちよく、これではいつまでたっても事態と自体はおさまりそうもない。ふと足もとをみるとカップヌードルの空カップが転がっていた。これで覆って急場を凌げばいい。時間をかけて血潮がひくのを待てばいい。


 痛みに耐えてよく頑張って空カップを拾い手を前面にまわして被せようとした。直後、引力に引かれた空カップは放物線を描き、足元で乾いた音をたてた。長さが不足していたのではない。断じて違う。出るとこに出てもいい。出してるけど。ゼロ系新幹線先頭車両にヒントを与えたといわれる空気抵抗の少ない流線型が、空のカップを拒否するかのように滑り落としたのだ。


 緩やかな調子で抜こうとしてみた。しかし外国の格安な労働者によって組み上げられた安普請スノコは、メイン表面こそヤスリが掛けられてちゅるちゅる滑らかであるが、普段あまりフューチャーされない板の側面の部分はざらざらとしていて摩擦係数が異常に高く、引き抜くと怪我をする可能性が極めて高かった。そしてなによりもスノコとの摩擦によって自身が果ててしまう近未来を畏れた。僕は愛をはじめたい。どんな愛だっていい。新しい愛を。でも。スノコじゃ。スノコじゃダメだ。ダメなんだ。だってオラは人間だから。れろ、れろ、れろ〜、はやく人間とやりた〜い。


えろ〜ん。


 玄関のベルが鳴った。宅急便会社勤務の男の声があとにつづいた。エバンゲリオンとアダルトのブルーレイが配達される午であった。なぜ即座にわかったかというと受け取るために年休を取っていたから。しかしながらスノコに挟まったままでは、ほいほーいと玄関に出てハンコするいくわけにもいかない。僕はゴキブリのように息を潜めた。玄関の向こうに配達員の気配。重圧に負け、足もとに絡まっていたブリーフが煩わしくなり足をじたばたさせると、シャープ製液晶テレビAQUOS亀山モデルから音声、主として若い女性の声が流れ出した。いったい何事?スノコと一体になり爪先を軸に回転して画面をみた。眼前には昨夜のお伴であるアダルト女優の希崎ジェシカさん(全裸)がローションでぬるぬるになった男優群(全裸)の上を滑っていく地獄絵があった。「ジェシカは僕のいいなりM奴隷」のハイライト。ヘッドフォンが外れてスピーカーから音が漏れていた。


 配達員はもういちどベルを鳴らした。僕は陰になり、ぬるぬるの希崎ジェシカさんから逃げるように目蓋をとじて僕のなかの獣が去っていくようなイメージを浮かべていった。元幕内若瀬川、の背中の毛、中日の和田選手、の頭髪、最近の辻希美さん、の顔面、森三中、のレオタード…。ドアの向こうでは配達員がけたたましくベルを鳴らし、ジェシカは激しく喘いだ。僕は配達員の愛を信じ、ベルが鳴り止むのを待った。愛とは相手を思いやる心。宅急便会社勤務の男に問う。愛、覚えていますか?居留守には居留守のわけがある。大きな愛とすこしばかりの想像力があればベルを押す手は、自然、とまる。やがてベルは止んだ。心地よい風が僕の先端を吹き抜けていった。汚れちまった悲しみに今日も風さえ吹きすぎる。


 傷はまだ、根本に残る。この傷が癒え、病を克服したら、愛を探しにいこう。