Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

女体盛り、ワサビをつけるか?つけないか?


キャバクラに行った。

 キャバクラ、ってだけで脊髄反射的に「勿体無い」「金の無駄」という人がいて視野が狭くてつまらないなあ、いやだなあと思うのは、無駄とか無駄じゃないとか簡単に仕分けしているところや、キャバクラに行く人の自由意志を否定しているところもそうなのだけれど、キラキラなライト、ピカピカのドレス、ルンルンな会話を求めてテカテカのスーツでキャバクラに足を運ぶことが僕の最終目的だと勝手に決めつけているところ。違う。ボクはそんなつまらない人間じゃない。みくびるな。僕の最終目標天竺エルドラドは顔見知りのいない道後温泉あたりの地方の旅館でバイアグラ片手にいい日朝立ち女体盛り、ブラヴォー。

 気がかりは、ワサビ。


 祖父はよく「ワサビをつけなきゃ駄目だろう。ワサビをつけるとシャキっと目が覚めるぞ」と言った。病気に倒れた祖父からワサビを付けずに刺身を食べたりサビ抜きのお寿司を頼むたびに叱られて大人になったワサビワナビーの僕が気になるのは女体盛りのワサビ。敏感な部分にワサビを塗ったら…、ワサビのもつ消毒消臭効果が…、人体から噴出する汗の塩分と相殺して…と道化芝居にも似た想像を巡らせてしまうのは、女体盛りが僕の生活から遠く、想像し難い地点にあるからであって、そんな地点にある女体盛りはワサビの有無に関係なくハードルが高すぎ、準備運動あるいは投資的な意味合いでキャバクラ通い…、ってここに<リンゴとハチミツ恋をした>を連想させる似て非なるもの同士、女体盛り・キャバクラの関係が成立する。


 とはいえキャバクラからは遠い生活を送っていたのだ僕は。新興宗教にはまってしまった優ちゃん、昼間はサーファー夜はキャバ嬢、日焼けしてウンコ色の肌が光学迷彩のように街の灯りに融けてとても綺麗ね亜美ちゃん、二人からのしつこいメールにうんざりしたからだ。男はつらいよ。で、久しぶりに『やんごとなき理由』でキャバクラに行ったのだけれど、行方不明になった優ちゃんの分を差し引き皮膚ガンに要注意だよ亜美ちゃんからの分だけにしてもメールの数が激減したのが気になっていたから、というのも理由だったりする。


 つーか戦略を変えたっぽい?焦らしメールというか。絨毯爆撃的なメール攻撃から、急に素っ気無いイベント告知メールだけ…モシカシテ ボク キラワレチャッタ?なんて気になって店にいってしまうのだから、むしろ店としては労少なく客を得ているわけで…くそう騙されたと思ったときにはソファーに腰をおろしピスタチオをかじって乾杯。冬もくわっ!君はTRFつまりテツヤ・レイヴ・ファクトリーのメンバーか!と大声を上げたくなるほど肌がブラウンシュガーな亜美ちゃんが出勤していなかったのでフリーだった新人がついた。そして僕は知った。僕の愛したキャバクラはもうこの地上に存在しないことを思い知らされた。


 以前はこうであった。トイレにいく意思表明。席を立つ。腰をあげる。上空からお姉ちゃんのドレスの胸のあいた部分からお姉ちゃんの豊満なバスト、付随する谷間をゆるりと眺める。わざとらしく転ぶ。触れる。キャー。歓声。放尿。トイレの扉をあける。傍らにお姉ちゃんが待っている。ホカホカのおしぼりをわたされる。席にもどる。キャー。歓声。以前ならこうであった。ところが今はトイレにいく意志表明。中略。上空からお姉ちゃんのドレスの胸のあいた部分が、げっ!お手手で隠されてる。わざとらしく転ぶ。避難されキャーと悲鳴。放尿。トイレから出てくるとお姉ちゃんがビニル袋にはいった紙おしぼり、冷たいのをわたす。席に戻ると女の子が増えていて「女の子にドリンクいいですくわあー」。てめえらに飲ませる酒はねえ。割りもののキリン生茶でも飲んでおれと叱りつけると仏頂面。今はこうである。


 諸君らの愛してくれたキャバクラは死んだ!なぜだ?僕のなかでシャア・アズナブルが水割りのグラスを傾けつつ呟く。「オーナーが変わったからさ…」。くそう。僕不在のあいだに広域で暴力を行使する集団の幹部的立場の人がオーナーになっていたなんて(想像)。学習能力がないのだろうか女たちは5分ごとに「ドリンクいただいていいですかあああ」といってくるのでそのたびに生茶を飲んでおれと叱りつけた。一時間。セット料金の範囲でひとりで飲んで帰ろう。そう決めていた。沈黙に耐えられず「君と僕のあいだのミッシングリンクをみつけてひとつになろうよ」と言うと「ミッシングリンクぅ?」「つまりね、あの、僕らの関係性を埋めるものをですね」「えーなにー?」「うーん」「ていうかミッシングなんとかって何なの」「つまりわかりやすくいうとTINTINです」「…」「…」会話が弾まないとキャバクラの店内って薄暗くて眠いのね。男性スタッフが鋭い眼光を放っていた。


 終わりの時間がきた。時が見えた。嬢な人が「お時間ですけどどうします?」と棒読みでいうので「あ、どーしよーかなー」と棒読みで返すと「サビシー。また来てー。時間が短くてあっという間で寂しいなあー」。会話が弾まなかったのでいい印象を残そうと思った。「大丈夫、君ともこうしてわかり合えたんだから。人はいつか時間さえ支配することができるさ」「それ、なーに?時間を支配?ヤバイ宗教?」「ガンダム」「…」「…」「…もう一時間いこうか」「うれしい!」こうして僕は無駄な出費を強いられたのだ。


 僕がキャバクラにいったやんごとなき理由それは病に倒れた祖父が回復したお祝だ。友人と乾杯というのもちょっと違うし、祝い事をひとりで乾杯するのも寂しい…ってまさか病院で乾杯をするわけにもいかないだろう?という理由。ちょっと金がかかってしまったのはぴりりよく効き目を覚まさせるワサビ。キャバクラから出るとき綺麗なドレスに身を包んだ女の子たちが見送ってくれた。すこし歩いて店の方を振り返ると女の子たちが寒さから逃げるように我先にと店のなかに入っていく姿。皆が背中を僕に向けていた。繁華街のネオンはいつも僕の手のすこし先にある。これもぴりり、ワサビ。でも僕は36才で立派な大人だからワサビで涙を流すわけにはいかないし、もちろん、ワサビを抜く訳にはいかない。楽しんで楽しんで目を覚ませ。それが祖父の教え。女体盛りにもワサビをつけなきゃいけない。